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第十八話 当主・倫寧(一)

名凛たち一行は、竜仙山《りゅうせんざん》の麓に居を構える太刀渡家《たちわたりけ》に到着した。 正確には、太刀渡家の門前に到着したといっていいだろう。 なぜなら一本道しかなかったところに、突如として重厚な門が現れたからである。 門番はいなかったが、ゆっくりと馬を進めると、門は勝手に開き、名凛たちを無言のうちに招き入れる。 一行は警戒心を抱きながらも門を通り抜けた。 敷地内に入ると強力な結界が張られており、結界内の《気》に当てられ、気分を害する者もいた。 名凛も友泉もただならぬ気配を肌で感じてはいたものの、彼らは普段と変わった様子はなかった。 名凛の乳母である梅月《ばいげつ》も平然としており、どちらかといえば生き生きとしているようにも見えた。 「歳をとると、いろんなことに鈍感になって、そういったものを感じにくくなるのでごさいますよ。いやですねぇ…。」 梅月は名凛にそう告げると、名凛もその言葉に妙に納得した。 一行は、門を過ぎればすぐに屋敷に着くのもと思っていたが、そこからさらに四半刻《しはんとき》馬を走らせ、ようやく太刀渡家の屋敷前に到着した時には、すでに日も暮れようとしていた。 屋敷の前には、屋敷の者が名凛一行を待ち構えていた。 名凛は友泉の先導で、中央にいた背の高い女の前に案内される。 女は胸元に金剛石を散りばめた黒衣をまとい、悠然とした佇まいを見せる。 すらりと伸びた背。細面の顔に、形の良い切長の目、長く艶のある黒髪…。 清蓮を助けた男と同じ空気を漂わせ、名凛は軽い既視感を覚えた。 待ち受けていた一行は、名凛を前に深々礼をする。 名凛は、出迎えの労をねぎらうと、女が顔を上げ、恐れながらと落ち着いた張りのある声で話し出す。 「名凛様。この度は遠路はるばる、我が屋敷にお越しくださりましたこと、誠に光栄に存じます。私は太刀渡家《たちわたりけ》当主・倫寧《りんねい》と申します。名凛様におかれましては、滞在中治療に専念できますよう、心を尽くしてまいる所存にございます。」 名凛は慣れた様子で、当主の挨拶を受け入れる。 倫寧と名乗った女は、名凛を屋敷に招き入れるが、友泉もついてくるのを見て、呼び止める。 「友泉《ゆうせん》殿。申し訳ございません が、これをもって貴方のお役目は終わりにございます。ここから先、屋敷に入れるのは、名凛様とそのお付きの乳母のみにございます。」 「なっ…⁈、どういうことだ⁈聞いていないぞ!」 友泉は、不意に自分の名を呼ばれたことに驚くとともに、ここで名凛と離ればなれになるとは知らず、戸惑いを隠せなかった。 一方名凛を見ると、国王から聞かされていたのか、いくらも驚く様子はない。 彼女はあらかじめ父である国王から、今回太刀渡家が、治療にあたって、幾つかの条件を提示してきたことを聞かされていたのである。 その条件とは、国王に対しては、屋敷に留まるのは名凛と梅月の二人のみとすること。 治療に過度な期待・成果を求めないこと。 どのような結果となっても罰則を与えることはしないこと。 治療に効果がないと判断した場合、速やかに屋敷をあとにすることなどを求めた。 名凛に対しては、屋敷の規則に則って滞在すること。 治療に協力的であること。 屋敷で見聞きしたことは決して口外しないことなどを求めていたのである。 友泉はそういった事情を知らず、納得できないといった表情で女当主を睨みつけ、もしなにかあったらどうするんだと言っては、簡単には引き下がらなかった。 「ここはどこよりも安全でございますよ。なにも心配には及びません。」 倫寧は余裕の表情で優先の問いに答える。 「ここに着くまでに丸五日もかかるんだぞ!なにかあってからじゃ間に合わないんだぞ、わかっていってるのか⁈」 友泉は一歩も譲る気はなく、さらに食ってかかろうとする。 …実に主人に忠実で…、かわいい坊やね…。 「友泉殿。もし必要とあらば、名凛様を一日とかからず、いえ即座に宮廷に送り届けて見せましょう。」 「…‼︎」 倫寧は友泉の言葉を軽くいなし、再度友泉たち護衛に対し、即立ち去るよう促す。 名凛も倫寧の最後の発言に驚愕したが、ことを荒立てるようなことは望まず、平静を保って友泉に退去するよう伝える。 さすがに友泉も返す言葉を見つけられず、一礼し後、他の武官とともに立ち去ろうとする。 名凛は友泉の元に駆け寄った。 「友泉…。私のことは大丈夫よ。…だから、必ず迎えに来てね。私、待ってるから。…。」   「…わかった。必ず迎えに行く。安心して待ってろ。」 名凛は弾けるような笑顔を友泉に向ける。  友泉は名凛の笑顔を見て、いつもの調子を取り戻し、この間俺が言った言葉、忘れんなよと手を振って別れを告げた。

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