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第二話 夢のあと

木漏れ日が降り注ぐ森の中、清蓮はまだ目覚める前の、ふわふわとした気持ちのなかにいた。 あぁ、喉が渇いた…。 いつもなら梅雪がお茶と胡桃をもって来てくれるのに…。 なぜ彼女は来ないの? 喉が乾いてどうしようもないよ…。 清蓮は目を開けた。 清蓮はゆっくりと身を起こし、目の前に広がる景色を見る。 森はとても穏やかで、鳥が歌い、木々は葉を伸ばして日を浴びては生命《いのち》を巡らせている。 彼は居心地良い部屋にはいなかった。 梅雪もいなかった。 温かいお茶も大好きな胡桃も、なにもなかった…。 生き物たちにとっては清々しい朝であったが、清蓮は昨日のことを思い出し、重いため息をついては、空を見上げ、美しいはずの世界をぼんやり眺めた。 夢じゃなかった…。 清蓮ははっきりしない頭で、現実をなんとか受け止めようとした。 清蓮の頭の中では、目まぐるしく浮いては消える思いに、めまいを覚えた。 名凛と友泉は太刀渡家《たちわたりけ》にいるから、大丈夫だと思うけど…。 梅雪は…。 大丈夫と言ったけど…。 どうか皆無事てあってほしい…。 清蓮は、妹や乳母、友人のことを思い出して、彼らの無事を心から祈った。 宮廷はどうなっているのだろう? 叔父上が私を捕えるよう指示したのだろうか…。 それとも他の誰か⁈ 清蓮はしばらく考えこんでいたが、なにも解決するはずはなかった。 ふと身の回りに目をやると、清蓮はいつのまにか木に寄りかかり、たくさんの木の葉が彼の体を覆うようにして、かぶさっていた。 木の葉が冬の寒さをしのいでくれていたのだ。 たしか…、地面に寝ていたんじゃなかったっけ…? 清蓮は、思いっきり頭を振って、まとまらない思考をなんとかしようとした。 考えることが多すぎて頭が痛くなって、おかしくなってしまいそうだ! 清蓮は、両手でぴしゃりと自分の顔を軽く叩き、落ち着かない気持ちを、無理やり心の奥底に閉じ込め、森の中を歩き始めた。 あてもなく歩き続けていると、急に視界が開け小川が見えた。 穏やかに流れる川の音に耳を澄ませると、その静かなせせらぎは、清蓮の乱れた気持ちを少し鎮めてくれた。 気持ちが少し落ち着いたところで、清蓮は小川を覗き込んだ。 透き通った水面は、清蓮の顔をはっきりと映し出しす。 そこには髪は乱れ、目は赤く腫れあがり、土埃が、清蓮の美しい顔や上質な服に容赦なくこびりついていて、清蓮の皇太子としての高貴さ、気高さは微塵もなかった。 彼は、自分の無様なありように絶句したが、気を取り直して顔を洗った。 川の水は、冬の冷気もとりこんで清蓮の手も顔も芯から冷やしたが、清蓮は気にせず、袖口から手拭いを取り出し、冷たい水に浸しては体を拭き始めた。 体を拭くと、体のあちこちがひりひりとして痛い。 よく見ると、逃走中に木の枝や葉で切ったのか、腕や背中など、体のあちこちに切り傷ができていた。 胸にも傷があり、横に切れた傷には血がこびりついる。 その傷は他の傷より深かったが、なぜか清蓮は今のいままで気づいていなかったのである。 それもそうだろう。 生きるか死ぬかの場面で必死に追手を退け、森の中を駆けていたのだ。 傷の痛みを感じている暇などあろうはずもなかったのである。 どこかで薬を手に入れたいけど…。 清蓮は、着ていたぼろぼろの服をまた着て、そう思った。 森を抜けるまでの数日というもの、清蓮は、木の実や小川の水を飲んでは飢えを忍び、集めた木の葉で身を覆い寒さを忍んだ。 いつ追手が来るかわからないという張りつめた緊張感と恐怖は、暗然として清蓮の心の奥底に横たわっていたが、幸いなことに、あの白い鹿を見て以降、清蓮を追ってくる者はいなかった。 こうして平穏のうちに日は過ぎ、森を抜けた清蓮は、ようやく村はずれの丘に出ることができたのである。

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