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第四話 盗人・清蓮

清蓮は温蘭《おんらん》目指して歩いていたが、ふと自分の身なりを見て、これはまずいと思った。 長いこと森の中を駆け回り、高価な衣服は切れ切れ、見るも無惨な状態であった。 こんな格好していたら、不審に思われてしまう…。 人混みに紛れ込むためには、そこに住む民と同じででなければ…。 清蓮は道すがらどうやって服を調達しようかと、考えあぐねていた。 清蓮は人目を忍びながら、半刻ほど歩いたところで、小さな集落の農家にたどり着いた。 どうやら畑仕事に出ているのか、人の気配はない。 鶏が時折けたたましく鳴いているのが聞こえ、清蓮はその鳴き声の方へ足を運ぶと、庭で数羽の鶏が地面のにまかれた餌をついばんでいた。 この日は朝から天気も良く、庭には衣服がいくつも干されており、清蓮はこれ幸いと自分の体に合うものを探し出す。 皇太子が盗みだなんてと、ため息をつく。 清蓮は心の中で謝罪しつつも、背に腹はかえられぬと盗んだ。 急いで着替えようとするが、体のあちこちにできた傷が疼き、清蓮はこれもなんとかできないかと、人がいないことをいいことに、部屋のあちこち覗いては、薬を探した。 清蓮が忍び込んだ農家は、あまり裕福とは見えなかったが、それでも箪笥の引き出しを片っ端から探し、ようやくそれらしき塗り薬を見つけたのである。 清蓮は手早く、体の傷にその塗り薬を塗る。 ほとんどの傷は、治りかけていたが、胸の傷は少しじくじくしており、触ると痛みを覚えた。 一旦清蓮は外に出て、庭近くにあった井戸に行き、濡らした手拭いで傷をきれいにしてから、再び部屋に戻り塗り薬を塗った後、晒し《さらし》を巻いた。 ひどくならなければいいけど…。 傷の手当てが終わったところで、こざっぱりとした格好に着替える。 新しい衣服に着替えてさっぱりすると、今度は空腹で腹が鳴る。 「衣・食・住」というが、適当な衣服が見つかれば、次は食というわけだ。 森の中での清蓮は、小川の水と木の実くらいしか食べていなかった。 野うさぎなどの小動物もいたが、どうも食べる気にはなれず、愛らしい姿を見るとつい抱き寄せて撫で回したり、胸の中に入れて、その温もりで寒さをしのいだりしたのだった。 そんな訳で、清蓮は逃亡してから、まともな食事を取っていなかったのである。 清蓮は空腹を満たすべく、台所に忍び込む。 この日の清蓮は、幸運に恵まれていたといっていいだろう。 竈《かまど》からほうほうと湯気がたち、釜の中からほんのり甘い香りが漂っている。 清蓮は、そっと釜の蓋を開けると、そこには真珠のように、白く艶めく米が炊かれていた。 米一粒一粒がぷっくり膨れ、ところどころ小さく窪みもあって、美味しく炊き上がっているのがわかる。 清蓮は思わず子供のように、わぁと感嘆の声をあげた。 炊き立ての米など修練した時以来だったからである。 宮廷で出される食事は、すべて毒味されるため、清蓮の元に届く頃には、とうに冷え切っている。 小さい頃から、そのような食事だったため、それが当たり前と思っているが、清蓮にとって、温かい食事は贅沢でもあったのだ。 清蓮は、そばに置いてあった杓子《しゃくし》で米をすくい、頬張った。 清蓮は、杓子も面倒と、手で熱々の米をすくい、むしゃぼり食う。 竈《かまど》の近くに大きな皿の上に、白い大根が置いてあった。 清蓮が、手を伸ばし、恐る恐る大根の匂いを嗅いでみる。 腐ってはいないな…。 清蓮は、その大根を一口かじってみた。 塩味と甘味が程よくなじみ、噛むとこりこりとした食感がなんともいえず、「おいしい!」と清蓮を唸らせた。 清蓮はそのまま米と大根を交互食べる。 無心で食べながらも、清蓮の目からはなにやら涙が出はじめ、しまいには鼻水も出てきて、清蓮の美しい顔はぐしゃぐしゃになった。 清蓮は炊き立ての米のおいしさに感動したのか、惨めな自分に哀れんだのか、自分でもわからなかった。 でも、食べないと…。 ここで飢え死にするわけにはいかない…。 清蓮は満足するまで米を食べ続け、ようやくその手をとめた。 釜の米はほとんど食べ尽くされていたが、清蓮は残った米を二つに分け、丸めて手拭いに包んで、一旦袖しまうが、思い直して懐にしまった。 米の温もりが、じんわりと清蓮の体を温めた。 清蓮は、同じく懐に隠していた愛用の短刀を取り出した。 この短刀は、清蓮が生まれた時国王が守刀として作らせたもので、柄は金の彫金細工により牡丹と唐草の紋様が美しく描かれ、鞘には翡翠、黒曜石、金剛石などが無数に埋め込まれていた。 清蓮はこの短刀をいかなる時も肌身離さずもっていて、逃亡の際も、この短刀一本で追手を振り切っていたのである。 清蓮は、そろそろ行かねばと短剣を懐にしまい、外に出ようとした。 だが、良い考えが浮かんだようで、ぱっと清蓮の顔が明るくなった。 清蓮は身を翻して台所に戻り、先程懐にしまった短剣を取り出しす。 鞘に埋め込まれた石の一つに手をかざし、小さな声でつぶやくと、石は鞘から外れ、清蓮はそれを竈《かまど》の近くに置いた。 清蓮は農家をあと後にし、温蘭《おんらん》に向かった。

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