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第五話 不運な再会

清蓮は集落から温蘭までの道中、民家に忍び込んで腹を満たし、野宿したり、小屋に隠れて寒さを凌いだりしながら、ようやく温蘭《おんらん》にたどり着いた。 温蘭への道中、両親を殺され、濡れ衣を着せられた挙句に逃亡者となった清蓮は、これからどうすべきか、身の振り方を考えるが納得する答えは得られず、一人悶々としていた。 鬱々とした気持ちで、町の中心部に向かって歩いて行った清蓮だったが、目抜通りにはいると、思わず、わぁと口を開けて目の前に広がる光景に、心が浮き立つのを感じた。 通り沿いには、所狭しと店が立ち並び、商人たちの威勢のいい掛け声が、客を引き止めようと飛び交っている。 あまりの人の多さと賑わいに圧倒されたが、清蓮の目に市井の人々の暮らしは新鮮に映った。 目にするもの全てが、一瞬でも彼の境遇を忘れさせた。 「ほんとに温蘭人は背が高いんだなぁ。女性《にょしょう》でも、私と大差ないとは。」 清蓮はすれ違う人々を見て、宮廷の書庫で読んだ書物にそう書いてあるのを思い出し、一人つぶやいた。 清蓮がつぶやいたように、温蘭人は友安国でも男女ともに背の高い民族として知られていた。 実際、清蓮とすれ違った女性たちは、彼とあまり変わらないくらい、背が高かった。  清蓮はもう一つ面白いことに気づいた。 「男も女も同じ格好をしているんだ!着こなしも自由で決まりはなさそうだし、身につけてる装飾品がちょっと違うだけなのかな?なんとも面白い!」 彼はぶつぶつと言いながら一人合点した。 だから、道理であの農家ですぐに新しい服が見つかったというわけか。 男女の区別がなければ、あとは自分の体型に合うか合わないかというわけだ。 清蓮は五感を駆使して、町を興味深く観察していたが、もう少しで目抜通りを抜けようとしていたところ、その先でなにやら人だかりができているのが見えた。 清蓮が、雑踏の中をかき分けて進んでいくと、遠くから男が大声で騒ぎ立てているのが聞こえてきた。 雑踏の輪の中心に、まるまると肥えた小柄な男が一人、女の服の袖を強引に引っ張り、どこかに連れて行こうとしていた。 それとなく女を見た清蓮は、あっ!と小さな悲鳴をあげた。 その女に見覚えがあったのだ。 私は彼女に会ったことがある…。 知っている…。 そう、幼子を抱き上げて…。 あぁ、なんてことだ! よりによってこんな時に‼︎ こんなところで‼︎ 私は知っている! 彼女は… 彼女は… 演舞場で会った幼子の母親じゃないか‼︎ 清蓮は、この奇妙な巡り合わせに愕然として、彼の意思に反して、底なしの深淵に引きずり込まれていくような感覚を覚えた。 清蓮の隣にいた男は、土気色した清蓮を見て、おいおい、大丈夫かい?顔色が悪いぜ、と心配する。 清蓮は大丈夫、ありがとうと礼を述べたが、男の言う通り、清蓮は死人のように青ざめていた。 清蓮は詳しいことを聞こうと、横にいた男にそれとなく聞いてみる。 すると清蓮に声をかけられた男は、女が借金のかたに売られるところだと話す。 「なんでも、皇太子様の成人の儀で、女の子供が原因でちょっとした騒ぎになったらしくてさ。それが噂になって、旦那の商売が傾いちまったらしい。それで女は旦那に縁を切られた挙句、借金のかたに売春宿に売られるところなんだとよ。で、ちょうど、その仲介人ってやつが女を連れて行こうして、擦ったと揉んだになってるってとこさ!」 事の一部始終を清蓮を聞いた清蓮は、まさか自分の純粋な善意が、帰せずして彼らの運命を狂わせてしまったことを知ったのである。 きっと女は思ったことだろう…。 幼子が舞台に上がらなければ、騒動は起こらなかったと。 騒動が起こらなければ、夫に離縁されることはなかったと。 思いつきで、皇太子が市井の民を招こうと言わなければ、なにも起こらなかったと‼︎ 清蓮はこの不運な女を心の底から哀れに思った。 そして我が身を呪った。 このまま消えてしまいたかった。 清蓮は目を閉じ、落ち着け、落ち着けと呪文のように繰り返した。 大丈夫…。 彼女は気づいていない。 彼女は人生でたった一度、会っただけだ。 ほんの一瞬、自分の人生に触れただけだ。 関わったら、おしまいだ。 見つかったら、おしまいだ。 だったら、関わらなければいい…。 これ以上彼女の人生に触れなければいい…。 清蓮は笠をさらに目深に被り、何事もなかったように、そのまま通り過ぎていく。  女の叫びと男の怒声が遠のいていく。 男は言うことを聞かない女を、叩きのめしてでも連れて行こうと腕を振り上げる。 すると、なぜか男の体がふわりと浮いて、そのまま地面に叩きつけられた。 なにしやがるんだ!と叩きつけられた体を摩りながら男が怒鳴り、自分を投げ飛ばした相手を見上げ、睨みつける。 男が見上げた先には、通り過ぎたはずの清蓮が立っていた…‼︎

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