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第六話 騒動の代償

清蓮に投げ飛ばされた男は、土埃を払いながらようやっと立ち上がる。 なんとしてでも女を連れて行かなければと、清蓮に食ってかかる。 「この女はな、借金のかたなんだよ。話はもうついてんだ、あんたの出る幕じゃないんだよ。もし俺がこの女を連れて行かなきゃ、俺が吊し上げにあうんだよ‼︎」 男は話は終わったと女を引きずって行こうとした。 清蓮は再び男を制止しようと胸ぐらを掴むと、なぜか男は抵抗せず、清蓮を舐め回すように見てうん、うんと一人納得し、思いもよらない言葉を投げかける。 「あんたが来るって言うなら、この女のことはなかったことにしてやるよ。」 「…‼︎」 「あんた…いい女だしな…。」 「え…、えぇ…‼︎」 なんと、男は女の代わりに清蓮を連れていくと言い出したのだ。 清蓮は笠で顔を隠していたが、男は清蓮の美しさを見逃さなかった。 そして温蘭という地域の特殊性、つまり性別分け隔てのない衣服も、男女ともに背の高い人々が多いことも、すべて清蓮に不利に働いた。 男の目には、清蓮は《女》にしか、見えなかったのだ。 清蓮はもう笑うしかなかった。 なにがどうなると、こんなことになってしまうのか…。 清蓮は呆れてものも言えないと、男から視線を逸らすと、ふいに女と目が合ってしまった。 清蓮を見た女は、あっと小さな悲鳴をあげ、思わず後退りする。 幸い、ごった返す雑踏の中で、彼女の声を聞く者はいなかった。 清蓮もなにも言うなと、首を横に振って女にそれとなく伝える。 清蓮は男に向き直り、覚悟を決めたのか、 「いいでしょう。私が行けば彼女の借金は帳消しにしてくれますよね。」 「あぁ、いいよ。その女のことはなかったことにしてやるよ。」 清蓮は自分一人なら、この男をなんとかできると思い、素直に従った。 清蓮は女の横を通り過ぎる時、女の袖口に何かを隠した。 女は清蓮に何か言おうとしたが、思いとどまり、彼らが立ち去るのを最後まで見ていた。 清蓮たちが見えなくなるのを待って、女は袖口を見ると、見事な翡翠の玉がそこにあった。 男は清蓮を人気のない裏通りに連れて行く。 清蓮は辺りを見回し、ここならばひと暴れしても上手く逃げられるだろうと考えた。 清蓮は男の背後にまわり、その時を待っていると、荷馬車が男の前で止まった。 嫌な予感がする…。 荷馬車の中には女たちが、所狭しと身を寄せ合って座っていた。 みんな売り飛ばされた女たちだった。 荷馬車の中には、いかにも粗野で、腕っぷしだけを買われた男数人が、用心棒として女たちを見張っていた。 清蓮はここで事を荒立てる事をやめ、無言で荷馬車に乗った。 まもなく荷馬車が動き出す。 荷馬車に揺られるうちに日は落ち、漆黒の夜の空には星が冷たく輝いている。 清蓮はあらためて女たちを見た。  女たちの顔はみな血の気が失せ、その眼差しは虚ろであった。 きっと自分も彼女たちと同じ顔をしているのだろう…。 清蓮はそっと目を閉じ、現実に蓋をした。

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