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第七話 新たな危機

清蓮を乗せた荷馬車は、あっという間にとある売春街に到着した。 それもそのはず、清蓮がたどり着いた場所は温蘭《おんらん》の一画にあったからである。 かつて友安国には幾つかの遊郭があり、艶めく賑わいは、遊を、春をと求める人々の飽くなき欲望をかき立て、盛りの限りを尽くしていた。 しかしその規模があまりにも巨大かつ複雑となり、維持する方も払う方も金がかかると、次第に廃れてしまった。 ただ人の色欲に終わりはない。 代わりにできたのが、清蓮が連れて行かれた場所だったのである。 実のところ、人々が温蘭と聞いて真っ先に思い出すのは、背の高い温蘭人が住む町ではなく、この《売春街・温蘭》なのである。 清蓮と女たちは仲介人によって、ある大店《おおだな》の裏方に連れていかれた。 ここで仲介人は店の男に女たちを引き渡し、金を受け取ってさっさと出ていく。 清蓮よりも一回り、縦にも横にも大柄な男が女たちを舐め回すように見た後、話始める。 「いいか、お前たち。今日からここ蘭隠《らんいん》で働いてもらう。ここは人気がでりゃ、誰でもいい思いができる。しっかり仕事に励みな。」 男は、挨拶もなく要件だけ話し、横にいた女に声をかける。 女は頷き、男に代わって話し始める。 「いまからお前さんたちにしてもらうことがある。」 虚な表情をしていた女たちの目に、わずかな動揺がみえる。 女は見慣れた光景なのだろう、構わず話を続ける。 「簡単なことよ。下衣を脱いでもらう。」 「…‼︎」 下衣を脱ぐだって⁈ 清蓮は、女の言った言葉の意味が飲み込めず、困惑を隠せなかった。 他の女たちも同様で、連れてこられた女の一人が、ためらいがちに、それはなんのためですかと店の女に聞いた。 店の女は、これまたよく聞かれることなのだろう、以前こんなことがあったと話し始める。 女曰く、 以前一人の女が店に入った。 女のあまりの美しさにある客が一目惚れし、その場で楼主に直談判し、大枚はたいて女を買った。 その破格な値段から、上機嫌で楼主は二階の特別な部屋を提供し、客は鼻息荒く女を部屋に連れて行き、まさに、ことに及ぼうとなった時、部屋からけたたましい叫び声が聞こえてきた。 何事か思い、店の者たちが一斉にその部屋に行くと、客がその女に絶叫まじりの怒声を浴びせている。 店の者たちは状況を飲み込めずにいたが、店の一人が、下半身が露わになっている女を見て、客と同じく絶叫する。 それもそのはず、その女には…女にない《もの》がついていたからだ! そう、女だと思われていたのは《男》だったのだ‼︎ その《女》は、男を求めては各地を転々と渡り歩き、温蘭にたどり着いたという。 男は最後まで、自分は《女》だと言い張り、その場を離れようとはしなかったが、、店の者たちはあぁそうですか、わかりましたと言えるはずもなく、《女》をつまみ出したのだった。 そんなことがあってから、店では新しく入ってくる女たちが、本当に《女》かどうか確かめることとなったのである。 清蓮はなるほど…と、女の話を妙に感心してしまった。 そんなことがあれば、店としては確認したくなるだろう…。 女は話を続け、下衣を脱いだら、一列に並んでと指示を出す。 感心した清蓮ではあったが、自分もつまみ出されるかもしれないと思えば、感心ばかりもしていられない。 だが、どうあってもそこにある《もの》をないとするには、無理がある!のであった。 考えるんだ、考えるんだ…。 なにか方法を…。 《ある》をないに変える方法を…! 清蓮は少し前屈みになって、もぞもぞしながら下衣を脱ぐ。 横に並んでいた女が、怪訝そうに清蓮を見る。 「あは…、ここのところ、ちょっとお腹の調子が良くなくって…。気にしないで…。」 女は清蓮に構うつもりはなく、黙って前を見る。 清蓮はもぞもぞしながらも下衣を脱いだ。 女が、一列に並んだ女の服をはさっと摘み上げ、女の下部を見る。  女は慣れたもので、さっと見ては次、さっと見ては次と見て回った。 ついに清蓮の番になり、思わず体に力が入る。 女は、清蓮の服を摘み上げる…。 「…。」 女は服を摘んだまま、清蓮を見上げ見る。 清蓮は女の視線を感じたが、真っ直ぐ前を見据えたまま、微動だにしなかった。 女は店の男に向き直り、全員女よ、問題ないわと伝える。 清蓮が気づかれないほどの安堵のため息をつくと、店の女は、ふいに清蓮の胸に軽く触れた。 「え…⁈」 清蓮は、思わず両手で胸を覆った。 「もう少し胸があれば完璧ね。」 女はそう言って、部屋を後にした。 清蓮は、気づかれたのかと思い、一気に心臓の鼓動が速くなるのを感じた。  危ない、危ない…。 油断は禁物だ。 店の男が、こっちにこい、と清蓮たちを連れて行く。 連れて行かれた部屋で、食事を出された。 食事といっても、冷たい粥だけだが。 それでも清蓮にとって、口にできるだけでもありがたかった。 粥を食べている間、清蓮は先ほどの出来事を思い返していた。 さっきは本当に危なかった…。 まさかうまく騙せるとは思っていなかったけど…。 清蓮は下衣を脱ぐ時、一か八かと、自分の《もの》をうまいこと手で押しやり、股に挟んで隠したのである‼︎ 清蓮が、前屈みになってもぞもぞしていたのは、そういった理由があったのだ。 それにしても…。 あぁ、恥ずかしい…。 なんとも恥ずかしい…。 もうあんな恥ずかしいこと二度とごめんだ! 清蓮は顔を真っ赤にしながら、冷えた粥をまた食べ始めた。

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