30 / 110

第九話 剣山

その女は、昨日清蓮たちの下衣をめくった女だった。 ただ昨夜とうってかわって、具合が悪いのか、青ざめた顔をして、いまにも倒れてしまいそうな雰囲気だ。 女は楼主に言われ、清蓮を高く売るため、身を整えるよう呼ばれたのだった。 女は清蓮に、まず風呂に入るよう伝え、風呂場に案内する。 風呂と言われ、いよいよ男だとわかってしまうと焦りを感じたが、風呂場には誰もおらず、案内した女も清蓮に一言二言《ひとことふたこと》伝えては、すぐに出ていってしまった。 清蓮は久しぶりの風呂を楽しみたい気持ちもあったが、人に見られてはいけないと、さっと済ませて、女が用意した肌衣《はだぎぬ》を着た。 着てきた服に隠しておいた、手拭いで包まれた二つの米を取り出す。 清蓮は温蘭に来る前、民家に忍び込み、食べ物を漁っては腹を満たしていたが、いつも余った米を丸めて懐に忍ばせていた。 最後に立ち寄ったところでも同じように、丸めた米を二つ胸に忍ばせていたのだ。 昨夜女が清蓮の胸を触った時、この米が役に立った。 おそらく米がなければ、女に気づかれていたかもしれない。 清蓮はそれをもう一度丸く握り直し、少しでも女の胸に見えるようにと、巻いた晒し《さらし》に挟む。 同じく隠し持っていた短刀も、上手く隠し肌衣の上に、いままで着ていた服を羽織った。 清蓮が部屋に戻ると、女は化粧箱を開けて、手早く清蓮に化粧を施していく。 化粧が終わると、髪を結い、簪《かんざし》をさす。 女は艶やかに仕上がった清蓮を見て、満足の笑みを浮かべる。 清蓮はというと、女が化粧を施す間、どうやってこの状況から切り抜けようか考えていた。 仙術を使えば、簡単かもしれないが、女に使うのはどうも気が引けた。 それに、ここに連れてこられた女たちを助けたい…。 少し探りを入れてみようか…。 「あの…、少し聞いてもいい…かしら?」 清蓮は化粧道具を片付けている女に声をかけた。 「なに?」 無駄話が見つかると折檻されるのだろう、女はそっけなく答える。  「ここで働いている女性《にょしょう》はどれくらいいるの?」 「なんでそんなこと聞くの?」 女はさっさと仕事を終えてしまいたいと、つれない返事をする。 「さぁ…、数えたことないわ。結構大きな店だから、それなりにいると思うけど、人の出入りも多いし…。使い物にならなければ、すぐに剣山《けんざん》に捨てられるし…。」 「剣山?山に捨てられるということ?」 清蓮は、遊女にも姥捨山《うばすてやま》と呼ばれるようなものがあるのかと、いぶかしげに思った。 「あはは…、違うわ。山に捨てられるなら、まだましよ。あなたお花を生けたことある?」 女は乾いた笑いのあと、清蓮に突拍子もないことを聞く。 清蓮は、ありますと答えると、女は剣山の意味を話し始める。 「ここから少し離れた山あいの一画に、大きく窪んだ場所があるの。その窪みの中にはね…。古く錆びついた剣が、天に向かって突き刺さっているの…、数え切れないほどの剣が…。なんでそんなふうに刺さってるのかは誰も知らないの。で、それが剣山に見えるっていうんで、そう呼ばれているの。」 「…‼︎」 「いらないなら、ただ捨てればいいのに…。串刺しだなんて…。」 女は自分の末路を思ってか、重苦しいため息をつき、とにかく用済みになった女は、そうやって剣山に捨てられるのよ、とぽつりとつぶやいた。    病気した遊女や客がつかなくなった遊女…。 彼女たちは、店からすれば、ただのお荷物だ。 使えないものは、捨てればいい…。 なんで場所だ…。 生きるも死ぬも地獄だなんて…。 捨てられた女たちは、剣山に放り込まれ、串刺しの状態で野にさらされるのだ。 遺体が腐敗すれば風土病の原因にもなるはずだが、山に住む獣や来死鳥《らいしちょう》と呼ばれる鳥が食い尽くしてくれるため、楼主たち経営者にとっては、都合がいいのだ。 清蓮は、剣山に刺さったまま朽ちていく女たちを思って、自分の心が寒々と冷えていくのを感じた。

ともだちにシェアしよう!