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第九話 剣山
その女は、昨日清蓮たちの下衣をめくった女だった。
ただ昨夜とうってかわって、具合が悪いのか、青ざめた顔をして、いまにも倒れてしまいそうな雰囲気だ。
女は楼主に言われ、清蓮を高く売るため、身を整えるよう呼ばれたのだった。
女は清蓮に、まず風呂に入るよう伝え、風呂場に案内する。
風呂と言われ、いよいよ男だとわかってしまうと焦りを感じたが、風呂場には誰もおらず、案内した女も清蓮に一言二言《ひとことふたこと》伝えては、すぐに出ていってしまった。
清蓮は久しぶりの風呂を楽しみたい気持ちもあったが、人に見られてはいけないと、さっと済ませて、女が用意した肌衣《はだぎぬ》を着た。
着てきた服に隠しておいた、手拭いで包まれた二つの米を取り出す。
清蓮は温蘭に来る前、民家に忍び込み、食べ物を漁っては腹を満たしていたが、いつも余った米を丸めて懐に忍ばせていた。
最後に立ち寄ったところでも同じように、丸めた米を二つ胸に忍ばせていたのだ。
昨夜女が清蓮の胸を触った時、この米が役に立った。
おそらく米がなければ、女に気づかれていたかもしれない。
清蓮はそれをもう一度丸く握り直し、少しでも女の胸に見えるようにと、巻いた晒し《さらし》に挟む。
同じく隠し持っていた短刀も、上手く隠し肌衣の上に、いままで着ていた服を羽織った。
清蓮が部屋に戻ると、女は化粧箱を開けて、手早く清蓮に化粧を施していく。
化粧が終わると、髪を結い、簪《かんざし》をさす。
女は艶やかに仕上がった清蓮を見て、満足の笑みを浮かべる。
清蓮はというと、女が化粧を施す間、どうやってこの状況から切り抜けようか考えていた。
仙術を使えば、簡単かもしれないが、女に使うのはどうも気が引けた。
それに、ここに連れてこられた女たちを助けたい…。
少し探りを入れてみようか…。
「あの…、少し聞いてもいい…かしら?」
清蓮は化粧道具を片付けている女に声をかけた。
「なに?」
無駄話が見つかると折檻されるのだろう、女はそっけなく答える。
「ここで働いている女性《にょしょう》はどれくらいいるの?」
「なんでそんなこと聞くの?」
女はさっさと仕事を終えてしまいたいと、つれない返事をする。
「さぁ…、数えたことないわ。結構大きな店だから、それなりにいると思うけど、人の出入りも多いし…。使い物にならなければ、すぐに剣山《けんざん》に捨てられるし…。」
「剣山?山に捨てられるということ?」
清蓮は、遊女にも姥捨山《うばすてやま》と呼ばれるようなものがあるのかと、いぶかしげに思った。
「あはは…、違うわ。山に捨てられるなら、まだましよ。あなたお花を生けたことある?」
女は乾いた笑いのあと、清蓮に突拍子もないことを聞く。
清蓮は、ありますと答えると、女は剣山の意味を話し始める。
「ここから少し離れた山あいの一画に、大きく窪んだ場所があるの。その窪みの中にはね…。古く錆びついた剣が、天に向かって突き刺さっているの…、数え切れないほどの剣が…。なんでそんなふうに刺さってるのかは誰も知らないの。で、それが剣山に見えるっていうんで、そう呼ばれているの。」
「…‼︎」
「いらないなら、ただ捨てればいいのに…。串刺しだなんて…。」
女は自分の末路を思ってか、重苦しいため息をつき、とにかく用済みになった女は、そうやって剣山に捨てられるのよ、とぽつりとつぶやいた。
病気した遊女や客がつかなくなった遊女…。
彼女たちは、店からすれば、ただのお荷物だ。
使えないものは、捨てればいい…。
なんで場所だ…。
生きるも死ぬも地獄だなんて…。
捨てられた女たちは、剣山に放り込まれ、串刺しの状態で野にさらされるのだ。
遺体が腐敗すれば風土病の原因にもなるはずだが、山に住む獣や来死鳥《らいしちょう》と呼ばれる鳥が食い尽くしてくれるため、楼主たち経営者にとっては、都合がいいのだ。
清蓮は、剣山に刺さったまま朽ちていく女たちを思って、自分の心が寒々と冷えていくのを感じた。
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