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第十話 女の身の上話
「あの…、もう一つ聞いてもいい?」
「なに?」
女は少しは清蓮に心を開いたのか、幾分語気が和らいである。
「あなたは…、どうしてここに来ることになったの?」
怒るかな?
そう思った清蓮だったが、どうしても聞いてみたかった。
どうして、こんなことになったのか…。
意外にも、女は気にするでもなく話し出した。
きっと思い出したくないし、話したくもない話ではあっであろうが、それでも誰かに話したくなったのだろう。
女は静かに話し始める。
女の夫は武官で、北西方面を管轄する将軍の部下であった。
将来を有望され、将軍の信頼も厚く、成人の儀では演舞場の警備を任されていた。
その武官は、皇太子のお披露目という重要な儀式で、警備の指揮をとることを、この上なく名誉なことと意気揚々と任務に望んだ。
しかし儀式の終わりに一部の民が暴走し、責任者の武官は、暴動を抑えられなかったという理由で、処罰されることになった。
国王は、その武官の職を解くよう命じた。
その場にいた清蓮が、責はないと嘆願したが国王は聞き入れず、二人の間には険悪な空気が流れた。
そこを国王の弟・天楽《てんらく》と将軍が助太刀したこともあり、武官は免職を免れた。
武官は無期限の謹慎を命じられたが、その後自らの命を絶つ。
武官には妻がいたが、夫が死んだ後、関わりを持ちたくないと身内から縁を切られ、行くあてもなく、いまに至ったのである。
清蓮は女の話を聞いている間、女に尋ねたことを大いに後悔した。
聞かなければ、知らなければよかったと。
清蓮は、どこまでも絡みつく不運の連鎖に頭をもたげた。
どうにもならないと、たかを括ったのだろうか、女はそんな清蓮をよそに、淡々と話を終え、女は用意した衣装を着せようと、清蓮に近づいてくる。
清蓮は慌てて、自分でできるわと、女がもっていた衣装をつかみ取る。
いくら清蓮が中性的な顔立ちをしていたとしても、体に触れられては、男だとわかってしまう。
胸の代わりと丸めた米も、ちゃんと触れば嘘だとわかる!
「あ、あなた、疲れた顔をしてるわ…、少し休んで。私自分でできるから。終わったら手直しして。
大丈夫だから、ねっ!」
清蓮は、女に休むよう伝え、衝立《ついたて》のなかで手早く着替え始めるが、肌衣《はだぎぬ》から、胸に忍ばせておいた米の包みがぽろりと落ちそうになる。
清蓮は、思わず「あっ!」と声を上げ、すんでのところで拾い上げる。
危ない、危ない。
見つかったら、どう言い訳すればいいんだ⁈
清蓮は、衝立の隙間から、女が目を閉じ壁に寄りかかって休んでいるのを確認し、ふぅと一息ついた。
清蓮に与えられた衣装は豪奢で手の込んだものだったが、清蓮でも自分で着ることができるくらいの代物でもあった。
それもそうだろう。
どうせ脱ぐことが前提であるならば、手間だけかかる幾重にも重ねた衣装より、そこそこの手間で脱げるほうが、いいのかもしれない。
清蓮は難なく着替え終わると、女に声をかける。
肌衣の上に白絹の衣、繊細な刺繍が施された錦糸帯、さらに深紅に染まった羽織。
滑らかな白肌に、ほのかに赤く染まる頬と唇。
その姿は、何人《なんぴと》も犯しがたい雰囲気をまとっている。
「とてもきれいよ。間違いなく人気者になれるわ。」
女は手直ししながら、清蓮を見て素直に称賛する。
「はは…。ありがとう…。」
清蓮は、女の言葉にどう答えていいのかわからなかった。
そうこうしていると、店の男が様子を見にやってきた。
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