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第十ニ話 小さな部屋の小さな穴(ニ)
清蓮は深いため息をつき、長椅子に座る。
まいったな…。
そんなことしたことない…。
できるわけない…。
清蓮がどうしたものかと考えあぐねていると、ふいに引き戸が開き、大きな目玉が右に左にと清蓮を舐め回すように覗き見ているのが見えた。
清蓮は、ぎょっとしながらも「こんにちは。」と引きつった笑顔で挨拶する。
今度は客がぎょっとして、ぴしゃりと引き戸を閉めてしまった。
なにかまずいことでも言ったかなと、清蓮は、落ち着かない様子で小部屋を行ったり来たりする。
すると店の男が戻ってきて、いきなり清蓮を怒鳴りつける。
「おい、おまえ一体客になにをしたんだ⁈金返せって言ってるぞ‼︎」
「えっ…、なにも。こんにちはって挨拶しただけです…。」
清蓮は余計なことは言っていないと男に伝える。
男は呆れて、怒りだす。
「そんなのいらないんだよ!言っただろ、客をその気にさせろって!好きな男でも思い出して、色っぽく、あぁ…っ!て、顔すればいいんだって‼︎」
男は次はちゃんとやれと吐き捨て、扉を勢いよく閉めた。
清蓮は、皇太子として常に尊敬されてきたため、人から激しく叱責されることなど経験したことがなく、呆気にとられてしまった。
こんなところで、馬鹿なことするくらいなら、いっそのこと逃げ出して、あらためて女たちを助けた方がいいかもしれない…。
清蓮は、ぶつぶつ独り言を言いながら、思いあぐねていた。
一旦はそう思った清蓮であったが、逃げ出しても、強引に連れ戻されるかもしれない、今はなんとかこの場を切り抜けるしかないと思い直した。
あ〜!それにしても色っぽいだの、そそるだの私には無理だ…。
好きな男を思い出せって言ってたけど、今まで色恋に無縁だった自分になにができるっていうんだ⁈
まして、あぁ…!なんて、恥ずかしくてできるはずない‼︎
清蓮は重いため息をついた。
ここに来るまでに、一体私は、何回ため息をついただろう⁈
宮廷にいた頃は、ため息なんてほとんどなかったのに…。
清蓮は長椅子に腰かけると、なんとか早く、ここから出たいと扉の方を見て、無意識に水晶の首飾りに触れた。
水晶に触っていると、じんわりと体が温かくなり、清蓮を優しく包み込む。
清蓮は構わず水晶を握り続けていると、次第に心臓の鼓動がとくんとくんと速くなってくるのを感じた。
ん?
なんだろう?
清蓮は、不思議な感覚にとらわれた。
しまいには頬もほのかに紅潮し、体も火照ってくる始末。
さすがに、
なにかおかしい…。
清蓮はそうは思ったものの、
風邪でもひいたかな…。
いろんなことが起こって、疲れてるし…。
とにかく、ここから出られるようになんとかしなくちゃ。
そのためには、不本意だけど仕事をしなくちゃ…。
清蓮は気を取り直し、さっき店の男が言った言葉を思い出そうとした。
「えぇっと…、なんて言ってたっけ?」
そうそう…。
清蓮は、ゆっくりと小窓の方を見ながらつぶやいた…。
目と目があったら…。
捕えて…。
あなたを離さない…。
清蓮が覗き窓を見やると、その小さな穴から切れ長の美しい目が、清蓮を見つめているのが見えた。
「…‼︎」
大きく見開いた清蓮の目が、吸い寄せられるように、ゆるりと男の目と絡み合う…。
清蓮は金縛りにあったように身動きが取れなくなった…。
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