34 / 110
第十三話 男、再び
清蓮は釘付けになって、男の目を見ていた。
清蓮の胸に、ふつふつと嬉しさが込み上げてきたが、それもほんの一瞬、清蓮は、目を逸らして男に背を向けた。
彼は、はたと現実を思い出したのだ。
自分は逃亡者であることを。
そして今は遊女として見世物になっていることを。
清蓮は嬉しい気持ちはどこへやら、こんな恥ずかしい姿を見られたくないという気持ちでいっぱいになった。
男が宮廷での出来事を知っているのかわからないが、このような状況で身元がわかってしまうことは絶対に避けなければならない。
清蓮は、いまこそ本当に逃げ出してしまいたいと思った。
どうか彼が自分に気づかず立ち去ってくれますようにと、清蓮は水晶を握りしめながら、祈った。
清蓮が長椅子に座ったまま茫然としていると、まもなく扉が開いた。
また怒られるのかと覚悟したが、そこにいたのは、店の男ではなく楼主だった。
楼主はたいそう機嫌よく、さぁこちらにおいでと、優しく清蓮を促す。
清蓮はどうしたことだろうと、訝しげに思ったが、あの小部屋から出られたことはなによりと、楼主の後をついて行った。
楼主は、清蓮を二階のとある一室に案内した。
そこは楼主が特別に用意した部屋で、他の部屋からも離れた角部屋で、ことのほか静かで喧騒とは無縁であった。
部屋に入ると、清蓮よりも一回り背が高い、翡翠色の服をまとった男が、清蓮たちに背を向け、眼下の内庭を眺めていた。
気配に気づいた男が、清蓮たちに向き直る。
翡翠色の外衣の下には、柔らかな光沢のある白地の衣を着ている。
簡素な衣装ではあるが、それが、より男の美しさを強調していた。
美しい切れ長の目から放たれるその視線と硬質な美しさは、時に威圧感をあたえるが、それ以上にどうしても抗うことのできない、否応なしに見る者を惹きつける魅力があった。
また、背筋の伸びた堂々とした立ち姿は、王の風格さえも感じさせた。
清蓮は、目の前にいる男が演舞場で自分を助けてくれたあの男《ひと》だと確信した。
そしてこうも理解した。
自分はこの男に買われたのだと。
清蓮が部屋を見回すと手前に客間とその奥に寝所があり、天蓋付きの寝台が置いてある。寝所の隣にはもう一部屋あったが、扉が閉まっていた。
楼主自ら、自分を男のもとに案内するということは、男が相当な額を払ったということだろう。
楼主は恭しく男に挨拶した後、どうぞお好きにとばかりに清蓮を差し出し、清蓮には男にご挨拶なさいと促す。
差し出された清蓮はというと、男の顔をまともに見ることはできず、うつむいたままだ。
楼主は清蓮の姿を見て、初めての出来事に恥ずかしがっていると勘違いし、心配しないで旦那様に可愛がってもらいなさいと、優しく諭す。
清蓮はまだうつむいたままであったが、小さく頷き男に挨拶する。
楼主は世辞もそこそこに男に鍵を渡し、ではごゆっくりと言い残しその場を去った。
男が渡された鍵はいわゆる内鍵であった。
男は鍵をかけると、清蓮と向き合う。
清蓮はうつむいたまま、互いになにも言わず時が過ぎていく。
清蓮は覚悟を決め、男をまっすぐ見据えて話しかける。
「あの…、いろいろと言いたいことや…聞きたいことがあるんだけど…。」
「…。」
清蓮は、男は多くを語らないだろうと思い、そのまま話し続けた。
「まずは…、あの騒動の時助けてくれてありがとう…。足の手当も…。ずっとお礼を言いたいと思ってたんだ。」
男は黙って聞いている。
清蓮は男の反応を待たず、質問を投げかける。
「あと、これなんだけど…、これは君からの贈り物なのかな?そうじゃないかと思うんだけど?」
清蓮は胸から水晶の首飾りを出して、男に見せる。
男はやはり黙っている。
ここまで頑なに口を閉ざす男を見て、さすがの清蓮も困惑を隠せなかったが、聞きたいことは全部聞いてしまおうと矢継ぎ早に尋ねた。
「えっと…、名前はなんて言うの?君はなぜここに来たの?なにをしに来たの?たまたま私を見つけたの?」
男はすぐには答えず、二人の間にしばし静寂が流れたが、ついに男は口を開く。
「貴方を…捕まえに来た。」
「…‼︎」
ともだちにシェアしよう!