35 / 110
第十四話 鍵
私を捕まえに来た…‼︎
清蓮は、まさか彼の口から、そのような言葉が出るとは夢にも思っていなかった。
たまたまだとしても、てっきり自分を助けてくれたのだと思っていた。
あの演舞場で、暴徒化した観客から自分を助けてくれたように…。
しかし彼の言葉は、清蓮の期待を見事に打ち砕いた。
彼は命を受けて、自分を捕えに来たのだ!
清蓮は、暗い底なしの深淵に沈んでいくような絶望感に襲われた。
自分は一体なにを期待していたんだろう…。
なにを…。
清蓮は、首を左右に振って自らの勘違いを嘲笑った。
男はその様子を見て、無表情だった顔に、初めて僅かながらも苦しそうな表情を見せた。
だが、今の清蓮に他人の心の機微を感じる余裕はなかった。
私はここで捕まるわけにはいかない‼︎
清蓮は男を見据えて、断言する。
「君には悪いが…、私はここで捕まるわけにはいかないんだ!」
清蓮は言うと同時に、近くにあった椅子を男に向かって蹴り上げ、その隙を狙って、男が手にしている鍵めがけて手を伸ばす。
男は両手を後ろ手に組んだまま、悠然とした態度で、飛んでくる椅子をぎりぎりのところでかわす。
清蓮も一度で鍵を奪えるとは思っておらず、間髪入れず右に左にと手刀を繰り出す。
男は上体を軽くひねりながら、清蓮から繰り出される手刀をすんでのところでかわしていく。
清蓮は手を緩めず蹴りも加えて男に迫るが、これもやはり容易にかわされてしまう。
無表情だった男は、徐々に楽しくなってきたのか余裕の笑みを浮かべている。
清蓮の手刀や蹴りは、目にも驚く速さで繰り出されていたが、逃亡してからの疲労や緊張、怪我もしているとあっては、次第に威力も速度も人並のものとなっていった。
このままじゃ埒があかない…。
清蓮は鍵を奪うのを諦め、先程男が庭を眺めていた窓から逃げようとした時、自分の衣装で足を滑らせ、ひっくり返りそうになる。
しまった…!と思ったその時、男が清蓮を支える。
男は清蓮を抱いたまま、なにやら意味深な顔で、
「欲しい?」と清蓮の目の前で、鍵をちらつかせる。
清蓮は男を真正面から見つめ、荒れた息の合間から、
「欲しい…。」
小さくつぶやいた…。
ともだちにシェアしよう!