36 / 109

第十五話 鳴くまで離れない

男は形の良い眉をわずかに上げ、満足そうな笑みを浮かべたかと思うと、支えていた清蓮を軽々と抱き上げ、隣の天蓋付きの寝台に押し倒した。 「…‼︎」 清蓮は、なにが起こったのかわからなかったが、男に押し倒され、鍵どころの騒ぎではない! 清蓮は男を振り払おうとするも、自分よりも一回りも大きい男に完全に押さえ込まれ、どうにもならない。 男は構わず、清蓮の耳元でなにやら囁く。  その声はあくまで冷静だか、やや切羽詰まった様子だ。 清蓮は、男が言ったことがのみこめず、  「えっ…⁈手?足⁈えっ‼︎」 戸惑うばかりの清蓮を見て、男は致し方なしとばかりに清蓮の両手、両足を自分の体に巻きつける。 「…‼︎」 清蓮は寝たまま男に抱きつくような姿になり、ますます混乱してくる。 男は清蓮に体を寄せ、清蓮にもう一度耳元で囁く。 「店の男が覗いている…。」 「…‼︎」 清蓮は男に抱きついたまま、鍵のかかった扉を見る。 内側から鍵のかかった扉は、当然のことながら開いていない。 だが、扉の横の壁を見ると、小さな穴が見えた。 清蓮は思わず、あっと声をあげた。 清蓮が小部屋で見たのと同じ覗き窓がそこにあり、店の男がこちらを覗いているではないか! 店の男は、清蓮がちゃんと仕事をしているのか見に来たのだ‼︎ 覗き窓からは、男が清蓮に覆いかぶさり、清蓮が男の体にしがみついているように見える。 遠目には、男女が絡みあっているように見えるが、なぜか店の男はその場を離れようとはしない。 そう、店の男は確認したかったのだ。 清蓮が色っぽく鳴くのを! 男は店の男が立ち去らないのを見てその意図を理解し、再び清蓮になにやら囁く。 「えっ!声?そんなこと無理、絶対に無理‼︎」 ぶるぶると頭を振って、全力で拒否する。 「殿下!」 清蓮は、男に抱きついているだけでも恥ずかしいのに、これ以上はもう勘弁してくれと、半ば投げやりに「あー!あー‼︎」と声を出す。 店の男は、その声を聞いて思わず眉間に皺を寄せた。 なぜなら清蓮の声は、喘ぎ声というには程遠かったからだ。 店の男が聞きたいのは、清蓮の色っぽい喘ぎ声だ! 誰が好き好んで、烏のような鳴き声を聞きたいというのか⁈ 清蓮は恥ずかしさのあまり、男の顔をまともには見られず、顔を横に逸らした。 だが、男はもう一度促す。 清蓮は、「そんな恥ずかしいことできない!というかそんな声出したことない!君の方でなんとかしてくれ‼︎」と、男に懇願する。 店の男は一切動く気配はなく、じっとその時が来るのを待っている。 男は意を決して清蓮に再び囁くが、その声は少し震えていた。 「殿下…、御免…。」 男はそう言って、清蓮の耳元へ熱い吐息とともに、軽く唇を押し当てる。 清蓮は背筋がぞくりとすると同時に、一瞬で全身が熱くなる。 今度は男の唇が清蓮の首筋にちゅっと押し当てられ、また耳元へと這っていく。  清蓮はたまらず、あっ…‼︎と小さく鳴き、思わずぎゅっと男を抱き寄せる…。 店の男はというと、清蓮が色っぽく鳴くのを聞いて、うん、うんと頷き、卑猥な笑みを浮かべては満足の体で、立ち去った。 店の男が立ち去った気配を察し、男は清蓮から離れようとしたが、それを知らない清蓮は、男にしがみついたままだ。 男は絡みつく清蓮の手足をそっとほどく。 清蓮から身を離し、袖から出した手拭いで耳元から首筋をそっと拭いてやる。 それと同時に、片方の手で蝿を払うような仕草をすると、客間の衝立がひとりでに動き出し、覗き窓の前に移動しては、その穴を完全に隠した。

ともだちにシェアしよう!