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第十七話 その男・光聖
男は蝋燭に火をつけると、ゆらめく炎が部屋を仄暗く照らす。
清蓮は男の言う通り、怪我の手当をしてもらうことにした。
豪奢な衣装を脱ぎ、肌衣だけになる。
清蓮は男に背を向けたまま上の肌衣を脱ぐと、短剣が清蓮の手前に落ち、手拭いに包まれた米が二つ、男の近くに転がっていく。
二人の視線が転がった米の包みにとまる。
「あっ!これはね…、その…」
慌てふためく清蓮をよそに、男は清蓮の肌の温もりが残る米の包みを、拾っては手のひらで軽く握りしめ、もう必要ないだろうと傍に置いた。
清蓮は短剣を枕元に忍ばせ、
「君には、恥ずかしいところばかり見られてるな。
その米は、少しでも女性《にょしょう》に見えるようにと思ってやったんだ。
そんなことで誤魔化せるはずないんだけね。」
「それなりに女性に見えたよ。」
「…それなりに?」
「うん。それなりに…。」
清蓮は男に背を向けているため、男の表情を窺い知ることはできない。
だがその声の調子は明るく楽しそうだ。
「はは…。少しでもそう見えたのなら、よかったと言うべきかな。」
清蓮はすっかり安心しきって、男と背を向けたまま話を続ける。
清蓮の背中にある傷は、かさぶたが残るだけだった。
男が薬を塗り、手でゆっくり塗り広げていくと、
「光聖《こうせい》…。」
とふいに話す。
「えっ…?」
「名前…、私の…。」
「こう…せい、こうせい…殿。いい名前だ。君にぴったりの名前だね。」
男は、光聖でかまわないと言う。
清蓮はやっと男の名前を知ることができて嬉しくなった。
「うん、わかった。こう…せい。」
清蓮も、もう知ってるかもしれないけどと前置きし、自分の名を告げる。
「私のことも清蓮と呼んでくれ。親しい人はそう呼んでるから。それに今殿下と呼ばれるのは困るから…。」
清蓮が言った最後の言葉を聞くと、光聖と名乗った男は一度手を止め、小さくうんと頷く。
背中を向けている清蓮からは、男の表情が見えなかったが、清蓮は余計なことを言ってしまったと思い、慌てて話を逸らす。
光聖も余計なことは言わず、他愛のない会話をしながら、薬を塗り、傷口に手をかざしていく。
清蓮の背中を撫でるひんやりとしたその手は、火照った清蓮の体温と溶けあい一つになっていく。
そのうち傷は消え、清蓮の引き締まった背中と透き通った白い肌が、光聖の目の前に現れる。
腕の傷も同じように手当を済ませると、光聖はこちらに向くよう清蓮に言う。
清蓮は素直に振り返り、光聖と向き合う。
清蓮の首には水晶の首飾りが、蝋燭の灯りで柔らかく煌めいていた。
清蓮が水晶を見る男の視線に気づき、これは君がくれたものかなと、あらためて尋ねる。
「うん。」
素っ気なく答えるが、男の表情はとても柔らかい。
「一目見て気に入ったんだ。光にかざすとなんとも美しい…。」
清蓮は水晶を目の前に掲げると、二人はその水晶を静かに見つめ、そのかざした水晶を通して、二人の視線は絡み合う。
清蓮はその男を見つめたまま、ありがとうと心からの礼を伝える。
「君が気に入ったのなら、それでいい。」
男は控えめに、清蓮の言葉を受け止めたが、まんざらでもない様子だ。
清蓮も少し男の言動に慣れてきたのか、男の言葉を好意的に受け入れた。
傷の手当を続けようと、男が話題を変える。
清蓮の左胸を見ると、大きな傷があった。
垂直に切れた傷はじくじくとしており、傷も塞がっていなかった。
清蓮もこの胸の傷が気になっていて、盗みに入った家で薬を探しては、塗ったりしていたのだ。
ただ、次から次へと起こる出来事を前に、十分な手当ができなかったのである。
その治りきっていない傷を見た光聖は、眉間に皺を寄せ表情を曇らせた。
その表情を見た清蓮は、時間がなくてちゃんと手当できなかったんだと、申し訳なさそうに話す。
「君のせいじゃない。」
光聖の表情は依然として堅かったが、心配しなくていいと、落ち着いた声で清蓮に言うと、傷周辺の皮膚をつまみ、ぐいっと押す。
すると、傷口から薄緑色の膿がぬるりと滲み出てくる。
「いっ…!」
清蓮は痛みでうめき声をあげ、思わず清蓮の右手は光聖の肩をつかみ、力いっぱい握りしめる。
清蓮がふいに光聖の肩をつかんだことを謝ろうとしたその時、光聖が自らの唇を清蓮の左胸に押し当てた。
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