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第十九話 夢に落ちるまで
光聖は、桶の湯に浸して絞った手拭いで傷をきれいにし、滲む汗も拭き取った後、薬を塗り、布を当て晒しを巻く。
無駄のない動きを見せる光聖に対し、ぐったりとした清蓮は光聖に身を任せ、されるがままになっていた。
光聖は水差しの水で自らの口をすすいだ後、店の者を呼び、清蓮が着ていた肌衣と唾壷《だこ》を渡した後、清蓮のたところに戻ってきて、新しい肌衣を清蓮に渡す。
清蓮は虚な表情でそれを受け取るが、肌衣をじっと見たまま、まだ身動きとれずにいる。
体が熱くてたまらない…。
清蓮はため息をついたが、そのため息ですらも熱を帯びているのを感じる。
気持ちも体もついていかない…。
清蓮は着替えもせずばたりと横になった。
もう…無理…。
光聖はそんな様子の清蓮を優しく抱き起こし、真新しい肌衣を着せてやる。
清蓮は、いよいよ精も根も尽き果てて、光聖の肩にもたれかかったまま、どうにも動く気配はない。
光聖は清蓮を支えたまま袖口から小さな巾着を出し、その中から灰緑色の、小さな丸い粒を一つ取り出した。
「これを飲んで。」
光聖はその粒を清蓮の手のひらにのせる。
「なに…?」
清蓮はふわふわする感覚の中で、その粒を見る。
「熱に効く。」
「熱?」
「うん…。傷のせいで熱が出てるだろう…。」
あぁ、そうか…。
こんなに体が熱いのは…
熱のせいだったんだ…。
なんだ…。
熱のせいか…。
そうか…。
清蓮は、その小さな粒を口に運ぼうと思ったが、あまりの気だるさに口にするのも億劫なようだ。
すると見かねた光聖が、清蓮の口に入れようと、清蓮の手から粒をとる。
光聖はとろんとした目で自分を見つめる清蓮の口に、そっと粒を入れ、湯呑みに入れた水を一口飲ませる。
清蓮は、粒とともに喉元を通り過ぎていく冷たい水は、熱を帯びた体に心地よく染み渡った。
「もう一口…欲しい?」
光聖は、清蓮に優しく問いかける。
「うん…。欲しい…。」
光聖は、もう一度湯呑みの水を清蓮の口に運ぶ。
清蓮は、ごくりごくりと水を飲むが、勢いあまって水は口の端から滴り、顎をつたってこぼれ落ちる。
「おいしい…。」
光聖が、清蓮の口から水のこぼれ落ちた軌跡をそっと指で拭うと、清蓮はありがとうと言って光聖に微笑む。
熱いため息を吐き出すと、
体は熱くてたまらないけど…。
冷たい水は…心地いい…。
とても…。
いい…。
清蓮の熱を帯びた目は、光聖をとらえ、視線を逸らすことなく何度か瞬きすると、森のなかで見たあの光景が甦ってきた。
そう、瞬きするたびに、また白い鹿と光聖が交互に現れたのだ。
あぁ、また…?
君は…。
君は…?
清蓮は、白い鹿なのか光聖なのかわからない、その幻影に触れようとそっと手を伸ばす。
「君は…何者なの…?」
清蓮は、その幻影に触れたかどうかわからぬまま、深い夢に落ちていった…。
光聖は、自分の顔に添えられた清蓮の手に自分の手を重ね、肩にもたれかかり眠る清蓮に、そっと話しかける。
「ゆっくり眠るといい。」
清蓮を横にし掛け物をかけてやる。
光聖はためらいながらも清蓮の顔をそっとなぞり、消え入りそうな声でささやく。
「清蓮…。はやく…私を思い出して…。」
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