40 / 110

第十九話 夢に落ちるまで

光聖は、桶の湯に浸して絞った手拭いで傷をきれいにし、滲む汗も拭き取った後、薬を塗り、布を当て晒しを巻く。 無駄のない動きを見せる光聖に対し、ぐったりとした清蓮は光聖に身を任せ、されるがままになっていた。 光聖は水差しの水で自らの口をすすいだ後、店の者を呼び、清蓮が着ていた肌衣と唾壷《だこ》を渡した後、清蓮のたところに戻ってきて、新しい肌衣を清蓮に渡す。 清蓮は虚な表情でそれを受け取るが、肌衣をじっと見たまま、まだ身動きとれずにいる。 体が熱くてたまらない…。 清蓮はため息をついたが、そのため息ですらも熱を帯びているのを感じる。 気持ちも体もついていかない…。 清蓮は着替えもせずばたりと横になった。 もう…無理…。 光聖はそんな様子の清蓮を優しく抱き起こし、真新しい肌衣を着せてやる。 清蓮は、いよいよ精も根も尽き果てて、光聖の肩にもたれかかったまま、どうにも動く気配はない。 光聖は清蓮を支えたまま袖口から小さな巾着を出し、その中から灰緑色の、小さな丸い粒を一つ取り出した。 「これを飲んで。」 光聖はその粒を清蓮の手のひらにのせる。 「なに…?」 清蓮はふわふわする感覚の中で、その粒を見る。 「熱に効く。」 「熱?」 「うん…。傷のせいで熱が出てるだろう…。」 あぁ、そうか…。 こんなに体が熱いのは… 熱のせいだったんだ…。 なんだ…。 熱のせいか…。 そうか…。 清蓮は、その小さな粒を口に運ぼうと思ったが、あまりの気だるさに口にするのも億劫なようだ。 すると見かねた光聖が、清蓮の口に入れようと、清蓮の手から粒をとる。 光聖はとろんとした目で自分を見つめる清蓮の口に、そっと粒を入れ、湯呑みに入れた水を一口飲ませる。 清蓮は、粒とともに喉元を通り過ぎていく冷たい水は、熱を帯びた体に心地よく染み渡った。 「もう一口…欲しい?」 光聖は、清蓮に優しく問いかける。 「うん…。欲しい…。」 光聖は、もう一度湯呑みの水を清蓮の口に運ぶ。 清蓮は、ごくりごくりと水を飲むが、勢いあまって水は口の端から滴り、顎をつたってこぼれ落ちる。 「おいしい…。」 光聖が、清蓮の口から水のこぼれ落ちた軌跡をそっと指で拭うと、清蓮はありがとうと言って光聖に微笑む。 熱いため息を吐き出すと、 体は熱くてたまらないけど…。 冷たい水は…心地いい…。 とても…。 いい…。 清蓮の熱を帯びた目は、光聖をとらえ、視線を逸らすことなく何度か瞬きすると、森のなかで見たあの光景が甦ってきた。 そう、瞬きするたびに、また白い鹿と光聖が交互に現れたのだ。 あぁ、また…? 君は…。 君は…? 清蓮は、白い鹿なのか光聖なのかわからない、その幻影に触れようとそっと手を伸ばす。 「君は…何者なの…?」  清蓮は、その幻影に触れたかどうかわからぬまま、深い夢に落ちていった…。 光聖は、自分の顔に添えられた清蓮の手に自分の手を重ね、肩にもたれかかり眠る清蓮に、そっと話しかける。 「ゆっくり眠るといい。」 清蓮を横にし掛け物をかけてやる。 光聖はためらいながらも清蓮の顔をそっとなぞり、消え入りそうな声でささやく。 「清蓮…。はやく…私を思い出して…。」

ともだちにシェアしよう!