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第三章 一話 出会い
清蓮は夢の中にいた。
質素な居間に一組の男女がいる。
清蓮の両親である国王夫妻だ。
清蓮も両親との間に挟まれるようにして長椅子に座っている。
清蓮は幼い自分と両親を遠巻きに見ている。
宮廷ではないどこかの場所だ。
知らない場所だが、それでも清蓮には目の前に広がる光景を見たことがあるような気がしてならなかった…。
まったく覚えていないが、それでもなぜかこれは間違いなく自分が経験したことを夢に見ているんだと清蓮は確信した。
目の前にいる幼い清蓮は五歳になったばかりだったが、両親の尋常ならざる緊張感が伝わったのか、何も言わずに大人しくしていた。
国王夫妻はいつもの威厳と王者の品格を失うことはなかったが、それでもその二人が審判を受けるかの如く、何かを待ち受けている姿は清蓮の興味を大いにひいた。
二人はどうやら誰かを待っているようだ。
幼い清蓮はついに我慢できずに二人に、
「父上、母上。ここはどこなんですか?一体私たちは何を待っているのですか?これから何が起こるんですか?」
立て続けに尋ねる。
「お前の新しいお友達に会うんだ…。」
国王は務めて穏やかに清蓮にわかるように伝えるが、
「新しいお友達?特別って?どうしてわざわざ私たちがここに来たの?いつもみんなが私たちのところに来るのに…。」
国王夫妻は清蓮のもっともな疑問にどう答えるべきか困惑した。
王族が臣下の屋敷を訪問するということは、まったくないわけではない。
もしそうであれば、それは余りある名誉であり、王族は常に仰々しく迎え入れられるはずである。
それがどうだろう。
居間に案内されたのはいいものの、三人は茶の一つも出されることもなく、ただ来るべき出来事を待っているのだ。
「そうね。でも今日会うお友達はあなたの生涯のお友達になるかもしれないの。」
王妃は清蓮を励ますように、優しく彼の手を握って安心させるように答える。
だが言葉とは裏腹に、どう見ても王妃の手はわずかに震えており、自分を落ち着かせるために清蓮の手を握っているようだ。
「清蓮。このような機会はそうはないのだ。お会いできるだけでもこの上なく光栄なことなのだよ。」
国王も清蓮の問いに答えるが、清蓮には両親の言っていることの意味を理解しかねた。
これから会う人は特別で、そうそう会える機会はなく、会えるだけで光栄なこと…。
それは友達と言えるのだろうか?
まして国王夫妻が恐ろしく緊張している姿は尋常ではない。
清蓮は両親の言いようを聞いて、これから会う人は、間違いなく自分たちより位の高い人だと確信した。
でも自分たちより偉い人って誰?
神様?仏様?
清蓮は頭の中にたくさんの疑問符を散りばめては、答えを導き出そうとしていたが、小さな幼い子供には到底わかるはずもなく、早々に諦めて大人しく新しいお友達とやらを待つことにした。
ほどなくすると、静かに扉が開き、涼しげな目をした美しい女が赤子を抱いて居間に入って来た。
華奢で豊満、儚げでありながら、どこかしら妖艶さも漂わせる女は国王夫妻に恭しく一礼し、清蓮には微笑みをたたえながら一礼する。
女は青蓮に向かい合うと、何を言うでもなく清蓮に赤子をそっと差し出した。
清蓮は何のことやら訳もわからなかったが、国王夫妻を見ると二人は軽く頷き、無言のうちに促す。
二人の表情はどこかぎこちない奇妙な笑顔で、清蓮の小さな心はますます訳がわからなくなる。
だが、何か重要なことであることは子供心にわかったので、清蓮は差し出された赤子をそっと自らの両腕に抱き、「こんにちは」と穏やかな笑顔を向ける。
本来なら清蓮の笑顔は、子供ながら格別の美しさで全てのものを魅了する。
赤子は清蓮に声をかけられ、その笑顔を間近に見るが、興味ないとばかりに、ぷいと目を逸らしてしまう。
赤子はそのまま天井を見つめて微動だにしなくなる。
天井を見つめるその表情は赤子らしからぬ、小難しいことを考えあぐねている大人のようであった。
清蓮は赤子の無関心を気にすることもなく、温かい眼差しで赤子を見つめる。
赤子は柔らかい白肌と整った顔立ちをしており、その姿はすでに神々しさと威厳を併せ持っていたが、それでも赤子特有の甘い匂いがほのかに感じられた。
この子が特別な…新しいお友達?
全然赤子には見えないよ…。
全然笑ってくれないし…。
でも…可愛い。
とっても可愛い。
名凛も生まれた時とても小さくて、あまりの儚さに守ってあげたくなったっけ。
この子もこんなに小さくて…柔らかくて、とってもいい匂いがする…。
清蓮は自分の子供でもないのに、まるで産みの親のように頬が緩み、独り占めしたくなってしまう。
清蓮は思わずぎゅっと赤子を抱きしめ、赤子の額に自分の頬を擦り寄せた。
すると赤子はうっとりと目を細めたかと思うと、はっと美しい目を見開く。
初めて清蓮を認識したようだ。
赤子はまるで宝物を見つけた時のような、驚きと歓喜の眼差しを清蓮に向ける。
赤子は先程までと打って変わって、花が一瞬で咲いたように笑顔をみせ、愛らしく声を立てて笑い始めた。
小さな手をぱちぱちと合わせ、この上なく楽しいと、嬉しいと言っているようだ。
ひとしきり赤子が体全体で喜びを体現すると、清蓮と赤子は互いに見つめあう。
それから二人は互いから目が離せなくなる。
清蓮はまたその類まれな美しさと愛らしさをもつ赤子を優しく抱きしめた。
赤子の温もりは清蓮の全身をあっという間に駆け巡り、清蓮は感じたことのない恍惚感に包まれた。
赤子が発するあまりに強い気に当てられた清蓮は、ふいに赤子を抱いたまま気を失ってしまった。
そばで様子を伺っていた国王が、赤子を抱いたまま倒れかかる清蓮を受け止めると、
女が国王夫妻に向かって、「両陛下。主人《あるじ》が清蓮様をお認めになりました。なにがあろうと清蓮様はお幸せになられましょう。清蓮様に祝福を!」
国王夫妻は女の言葉を聞くや否や、赤子を抱く女の前に跪き、恭しく何度も拝礼した。
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