42 / 109

第二話 まどろみの後

清蓮は静かに目を開けた。 仰向けになったまま、ぼんやりと天井の一点を見つめたまま微動だにせず、ただ横たわっていた。 もう一度目を閉じて何度か深呼吸を繰り返すと、少しずつ意識がはっきりしてきて、自分が夢から覚めたことを実感した。 あの夢は… あの赤子は…。 清蓮は無意識に首飾りに触れ、水晶を握りしめたり、指で転がしたりしながら昨日見た夢を思い出していた。 小さい時あんなことあったかな? 覚えてないけど…。 清蓮は水晶を握りしめているとじんわりと体が暖かくなるのを感じた。 一旦あれこれ考えるのをやめ、深くゆっくりとした呼吸をしながら、自分の体に意識を向けると、考え事をしていたため気づかなかったが、思いのほか体が軽くなっているのを感じた。 清蓮は追われる身となってから、常に張り詰めた緊迫感の中で過ごしてきた。 身も心も許せる場所もなく、熟睡することなどできるはずもなかった。 それが初めて心から安心して眠ることができたのだ。 こんなに穏やかな朝を迎えたのはいつぶりだろうか…。 清蓮はよく眠れたという、たったそれだけのことに感謝した。 当たり前のことが当たり前でなくなった時初めて人は謙虚になるのだろうか…。 清蓮は元々穏やかな謙虚な心持ちの青年であったが、それでも当たり前のことができなくなったいま、小さな些細なことでもありがたく思うのだった。 清蓮はさらに体に意識を向けると、みなぎる力と英気が体中を巡り、それは清蓮の体内だけでは物足りず、体から勢いよく飛び出してしまいそうなほどの充実した感覚を覚えた。 その感覚はどこか恍惚とした感覚にも少し似ていて、 「そうだ、赤子を抱いた時もこんな感じだった…。」 清蓮はぽつり呟いた。 清蓮はこの時確信した。 あれはただの夢ではなく、自分が幼い頃、確かに体験した紛れもない事実なのだと。 清蓮は無意識に触れていた水晶をそっと離すと、体中を駆け巡る波動は少しずつ小さくなった。 「この水晶に触れると、どうも不思議な感じになる。」 清蓮はいつも水晶に触れると、じんわりと心が温かい気持ちになったり、体が燃えるにように熱くなったり、果ては恍惚感に身を捩り、身悶えするような感覚を覚えるのだった。 その言葉では言い表せない戸惑いはあっても、不快な気持ちなることはなく、清蓮は水晶を不思議そうに眺めた。 慈しみを込めて自らの唇を押しあてては大事に懐にしまった。 清蓮はようやっと身も心も目覚め、身を起こし辺りを見回す。 扉の隙間から見える太陽の一筋があまりにも眩しく、一瞬目が眩んでしまう。 目が光に慣れてくると、居間に目をやるとがらんとしているのがわかる。 「光聖?」 清蓮が名を呼んでも返事はなく、聞こえたのは自分の声だけだ。 すると寝室の隣、扉の閉まった部屋からかすかな気配を感じ、清蓮はそろりと部屋の扉の前に来て、これまたそろりと扉を隙間一寸開ける。 そこには数え切れないほどの衣装が並べられており、部屋の中央には光聖が背を向けて立っていた。 どうやら何を着ようか品定めしているようだ。 その均整のとれた後ろ姿からは、長く鍛錬を積んだであろう者だけが得られる武神とも美神ともいえる姿が垣間見れた。 光聖はただ衣装を選んでいるだけであったが、清蓮は光聖の姿に心ならずも見とれてしまい、なぜか顔を赤らめてしまう始末だ。 光聖は清蓮に気づいていないのか、上衣を脱いで上半身裸になる。 清蓮は目を見開いて驚いた。 光聖の肉体美に驚いたのではない。 彼の目を引いたのは、光聖の腕や背中にある無数の傷で、極めつけは左胸にある傷だ。 それは清蓮が負った左胸の傷と同じものだった。 そんな馬鹿な…‼︎ 清蓮ははっとなって自分の胸の傷を急いで確認する。 清蓮の美しい鎖骨の下には、桃色の蕾が控えめにあるだけで、傷は跡形もなく消えていた。

ともだちにシェアしよう!