43 / 110

第三話 傷の行方

清蓮は寝台の横にある鏡台の前に立ち、簡素な白衣を脱ぐと、若者らしい健康的な引き締まった上半身が鏡に映し出された。 清蓮の思った通り、体の傷は跡形もなく消えていた。 首筋に残る小さなあざのようなもの以外は…。 光聖が治療した時、あっという間に腕の傷が消えてなくなったのは覚えていた。 背中の傷も見えはしないが、恐らくあの時すでに消えていただろう。 だが左胸の傷は化膿していて、思っていたよりひどく、光聖が膿を吸い出し、晒し《さらし》を巻いて、熱冷ましの薬を飲んで…。 清蓮はあの時の一連の出来事を一つ一つ丁寧に思い返した。 首のあざに触れると、光聖の唇が清蓮の肌を這う感触を思い出し、清蓮の体は燃えるように熱くなる。 清蓮の頬も首筋も瞬く間に両胸の蕾のようにほんのり薄紅色に染め上げられた。 清蓮は鏡に映る自分から恥ずかしくなって目を逸らしたが、それでも光聖の胸の傷が気になって、問いただすべく急いで隣の部屋の扉を開けた。 光聖はすでに着替えを済ませており、全身藍色の衣装に身を包み、凛々しさと洗練された様はどこかのうら若き公子よのようであった。 秀麗眉目の光聖は何を着ても似合うのだが、藍色はより大人の色香を醸し出していた。 美しい人はなにを着ても美しいのだな…。 清蓮は光聖の美しさに一瞬気圧されたが、無言で光聖の前に立ち、 「御免。」 両手で光聖の襟元を軽く掴んだかと思うと、襟を広げようとする。 突然胸ぐらを掴まれた光聖だったが、動じることなく清蓮の両手を掴んで動きを止める。 清蓮は光聖を見上げて、なんの説明もなくただ一言、 「光聖、脱いで。」 光聖は切れ長の涼しげな目を見開いて、清蓮をじっと見つめる。 清蓮に向ける光聖の目の奥には、くゆる炎が見え隠れしていたが、清蓮は気づかない。 ただ光聖は清蓮の真剣な表情を見て、小さくため息をついて、自ら手を離し清蓮の好きにさせた。 清蓮はごくりと生唾を飲み込み、小さく震える手で、幾重にも重なる藍色の衣を一枚、一枚丁寧に剥いでいく。 清蓮は傷を見せてもらいたい、事実を知りたいという一心で行った行為だったが、徐々に後悔の波が押し寄せてきた。 ちゃんと光聖に説明して、光聖自ら脱いで見せてもらえばよかったと。 脱いでの一言で納得する人なんていないのに…。 きっと嫌な思いをしてるに違いない…。 それとも怒っているかもしれない…。 清蓮は一度手を止めて、「ごめん…。」と言って恐る恐る光聖を見た。 見上げた先に見える光聖は、清蓮と目が合うと、 「構わない。君の好きにするといい。」 光聖はどうやら清蓮がなにを知りたがっているのか勘づいているようだが、嫌な顔をするどころか、どこか嬉しそうな、楽しんでいるかのようにも見えた。 そうだ…。 彼はなんでもお見通しだ…。 清蓮は光聖から視線を外すと、下を向いて、もうやめてしまおうかと思った。 するとどうだろう。 清蓮の手が止まったままなのを見た光聖は、清蓮の手の上に自分の手を重ね、控えめに清蓮の手を握った。 清蓮は一瞬息が止まり、はたと顔を上げ光聖を見る。 光聖は清蓮の手を握り、清蓮は光聖の衣を掴んだままだったが、二人は見つめあったまま、光聖が清蓮の手を導くようにして、自らの衣を脱いでいった。 最後の肌衣が脱がされると、清蓮はおずおずと視線を落とすと、光聖の良質な筋肉で形作られた両胸が清蓮の目の前にあらわになる。 透き通るような白肌に清蓮と同じく薄紅色の蕾をもつ胸には、 「ない…。」 清蓮が見たはずの傷はどこにもなかった。

ともだちにシェアしよう!