46 / 110

第六話

清蓮を案内した店の男は、信じられないといった表情で、清蓮に指差しながら、 「なんでお前がいるんだ? ずっとあの部屋で男と入り浸ってたんじゃないのか?綺麗な兄ちゃんと一緒によぉ。」 男は清蓮のただならぬ気配に圧倒され、思わず声がうわずる。 「このまま女たちを逃してやりなさい。そうすれば、私は君たちにはなにもしないと約束しよう。」 清蓮は男を見据えたまま、落ち着いた威厳のある声で答える。 「それは無理な話というものさ。そんなことしてばれたら、俺たちが剣山に捨てられちまうじゃないか。お話にもならんよ。悪いこと言わねぇよ、帰えんな。大人しく帰れば今夜のことは黙っといてやるよ。旦那もあんたのこと気に入ってるし、綺麗な兄ちゃんからたんまり金もらってるし。俺も綺麗な女は大好物だからよ。」 店の男は、清蓮の言葉をあっさりと拒否する。 それに呼応するかのように、卑猥な言葉で女たちを揶揄した男がにやにやしながら、 「兄貴ぃ。俺、この女とやりたいよぉ。さっさとすべた片付けてさぁ、この女の穴に俺の一物ぶち込んでみてぇよ。綺麗な兄ちゃんが独り占めするなんてずるいじゃねぇか。俺たちもお裾分けさせてもらおうぜ。こんないい女、そうはいないって。突いて突いて突きまくってさぁ、ひぃひぃ言わせてやりてぇよ。きっとたまんねぇよぉ…。あぁ…やべぇ、考えただけで俺のでかくなってきた、あぁ…やべぇよ、いきそう…。いいだろう?兄貴ぃ!」 卑俗な男は隣にいた兄貴分である店の男に話しかけるが、いつのまにかその姿が見えない。 店の男だけではない。 自分以外の男は皆地面に突っ伏して、気を失っていた。 「えっ⁈ 兄貴?えっ⁈みんなどうしちまったんだよ。おい、しっかりしろよ。一体どうなってんだよ!皆死んじまったのか?」 男は倒れ、気を失っている男たちに呼びかけたり、体を揺すってもびくともしないのを見て、わなわなと、震え出した。 「死んではいない。ただ気を失っているだけだ。」 いつのまにか清蓮は男の背後にまわり、懐刀を男の頚動脈にあてている。 その声は冷気を伴って、刀の如く鋭い。 清蓮は男が無駄口たたいている間に電光石火の如く、他の男たちを一瞬で倒したのである。 男は先ほどの威勢はどこへやら、頭から大量の汗が吹き出し、見ると地面も濡れている。 清蓮はかまわず手刀で男を気絶させた。 女たちは目にもとまらぬ早技と圧倒的な強さに驚嘆した。 女たちには清蓮が舞を舞っているようにしか見えなかったが、男たちが数人といえど一瞬で地面に伏したのである。 清蓮の見事な仕事ぶりに思わず拍手する女もいて、清蓮は照れながらも丁寧なお辞儀で拍手に応えた。 「さぁ、皆さん。あなたたちは自由だ。ここから一刻も早く逃げて、安全な場所で暮らすんだ。これがあれば少しは生活も楽になるだろう。」 清蓮は懐刀の装飾を取り除いては、女たち一人一人に手渡す。 小さな宝石ではあるが、女たちが数年は不自由ないほどに暮らしていけるだけの価値があった。 女たちは清蓮の好意に感謝の言葉を述べるが、ある女は身寄りがなく、行くところがないと話す。 すると他の女たちも、それぞれの事情で帰る場所がないと話し始めた。 考えてみればそうだろう。 そういった女が行き着く先が遊郭なのだ。 遊郭から出たとしても、そもそも彼女たちに帰る場所はないのだ。 清蓮はなんとか助けてやらねばという一心で、女たちを助けたが、その先どうするかまで考えが及ばなかった。 命さえ助かればなんとかなると思っていたが、現実はそうではないのだ。 清蓮は少し考えた末、ある場所を女たちに教えた。 そこはとある尼寺で、身寄りのない女たちを預かり面倒を見ていると聞いたことがあった。 おそらくそこに行けば、彼女たちは安心して暮らせるだろうと。 それを聞いた女たちは、希望の光が見えたのか、清蓮に何度も何度も感謝の言葉を述べ、去っていった。 清蓮は最後まで残っていた、清蓮の世話をしてくれた女にも宝石を渡す。 それは他の女よりもはるかに大きな宝石で、見事な輝きを放っていた。 「申し訳ない…。どうか…お元気で…。」 清蓮が女に言えたのは、これだけだった。 言葉に詰まりながら、彼女の夫に対して言えるやっとの言葉だった。 「あなたは…」 女が何か言おうとしたその時、清蓮に向けて一本の矢が飛んできた。 清蓮は懐刀でその矢を振り落とすと、女に向かって叫んだ。 「早く行きなさい。走って!早く‼︎」 女は後退りしながら、身を翻し走っていった。 清蓮は女とは反対方向に行くと、矢も清蓮を追いかけるように放たれる。 清蓮は懐刀で矢を振り払いながら、木に隠れ、身を潜めた。 新たな追手が来たんだ! 一、二、三、四、五…十人。 清蓮は追手の数を数えると、 「思ったほどではないけど…、十人。」 一人で対峙するには… ちと荷が重い…。 相手の力量もわからず、持っている得物も懐刀のみだ。 森の中で追手と対峙した時は、接近戦にうまく対応して逃れることができた。 だがまとまって攻められたら、苦戦するどころか、捕らえられるか始末されてしまうだろう。 せめてこの懐刀が、別の得物だったら…。 少しでいい、剣先が伸びてくれれば…。 清蓮は詮のないことを思っていると、握っていた懐刀が自ら発光し、剣先がみるみる伸び始めた。 清蓮は驚いて思わず手を離すと、懐刀は地面に落ち、元の大きさに戻っていた。  いまのはなんだ⁈ なにが起こったんだ⁈ 清蓮は地面に落ちた懐刀を手におさめ、くまなく調べる。 変わったところはない…。 いつもの刀だ…。 なのに剣先は伸びていった…。 緊迫したこの状況で、清蓮は頭を全力で回転させ、納得する答えを探した。 考えている間、清蓮は無意識に首にかけている水晶に手をやり、指で無造作に転がしていると、ふとある場面を思い出した。 それは成人の儀で光聖と出会ったときのことだ。 清蓮は成人の儀で暴徒化した観客に襲われた際、足を挫いて身動き取れなくなっていた。 既の所で光聖が迫り来る観客から清蓮を救い出し、その後光聖は、控えの間で清蓮の挫いた足の治療をしてくれた。 清蓮が光聖の仙術を賞賛すると、光聖はこう言った。 「…あなたもできるでしょう…。」 清蓮は修練中に高熱を出したことがきっかけで、仙術を辞めざるを得なかった。 それは清蓮にとって辛いことで、悔いの残る出来事であった。 あと少しで、あともう少しでそびえ立つ山の頂に手が届こうとしていたのだから。 清蓮はそれ以来仙術を諦め、剣術や接近戦での格闘術など、仙術以外の学び得る武術を熱心に取り組み、いままで過ごしてきたのである。 でも光聖は言ったのだ。 あなたもできるでしょうと…。 清蓮はもう一度、懐刀を強く握り締め、「伸びろ。」と念じた。 するとどうだろう。 剣先は少しずつ伸びていく。 清蓮はさらに「もっと大きくなれ!」と念じた。 やはり清蓮が思った通り、懐刀全体が大きくなり、ずっしりと重量感も増している。 手に馴染んだこの感触、この重量、この剣先…。 それはまさしく成人の儀で清蓮が演武で使用した愛刀そのものではないか‼︎ 清蓮は久しぶりに愛刀を手にし、その場でぶんぶん振り回し得物の感触を確かめる。 これならいける…。 清蓮は感じたことのないほどの充実した感覚に確かな手応えを感じ、愛刀を握り締め、追手の前に飛び出した。

ともだちにシェアしよう!