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第七話 新たな追手と新たな事実

清蓮は追手の前に身をさらした。 追手の中央に立つ男以外、一斉に清蓮に向けて弓を放つ。 清蓮は見事な剣捌き《さばき》で全ての矢を真っ二つに切り捨てる。 神がかったその動きは、尋常ならざるものだ。 追手はもう一手と弓を引くが、おそらく部隊の長である男が軽く手を上げ、やめるよう指示する。 小柄な男は若く、清蓮より少し年上のように見えた。 「謀反人、反逆者、逃亡者、国に仇なす愚か者・清蓮!いや…、これは失礼。我らが麗しき皇太子・清蓮様。今宵は一段とお美しいお姿で。月もあなたの美しさには嫉妬してしまうでしょうに…。あぁ、申し遅れましたが、私は道連将軍の配下の者で、忠孝《ちゅうこう》と申します。殿下…、ずいぶん沙汰をしておりましたが…、私を覚えていらっしゃいますか?」 まるで舞台で芝居をしているかのような、仰々しい口調で忠孝と名乗った男は慇懃無礼に清蓮に挨拶する。 人に散々弓を放っておいて、しれっと挨拶するなど何を今さらと呆れてものも言えない。 しかも前置きが長く、大根役者の酷い芝居を見せられているようだ。 清蓮は人のことを悪く言いたくはないが、この男に関してはどうも仲良くはなれそうにないと直感的に思った。 それでも清蓮は聞かれたからには答えるのが礼儀と思い、 「覚えていない。申し訳ないが…。」 正直に答えた。 まさかあっさり覚えていないと言われるとは思っていなかったのであろう、忠孝は眉をしかめ、握った拳は少し震えだした。 どうやら忠孝は期待していたようだ。 清蓮が「あぁ、あの時の君か!君のことはよく覚えているよ。仙術の同門の友、忠孝だろう?」 きっとそう言って彼を懐かしむ様子を。 残念ながら、忠孝の期待は見事に裏切られたが…。 清蓮は忠孝の苦虫を潰したような表情を見て、忠孝が怒りの余り、天に向かって血反吐《ちへど》を吐くのではないかと思った。 だからと言って、清蓮からすると覚えていないものは覚えていないのだ。 こればかりは事実なのだから仕方ない。 清蓮は記憶力が抜群で、短時間でも相対したことがある人は全て覚えていた。 どんなに小さな役職の者でも、宮廷に出入りする商人や職人、宮廷で働く者など、少しでも会話をしたなら、後々まで名前も顔もちゃんと覚えていた。 その彼が覚えていないというのは、清蓮が幼少で、記憶が定まらない時期に出会ったということだろう。 決して意地悪で言ったのではないのだが、忠孝にはわかるはずもない。 忠孝はなんとか怒りを抑えて話し始める。 「では、せっかくですから、私たちのご縁を思い出すべく、ご説明いたしましょう。私は、あなたの同門の友の一人です。昔、貴方や友泉と仙術を共に学んだ仲間です。ある日私が殿下の妹君・明凛様のあざを揶揄したために、明凛様は泣いてしまいました。そのことを咎められた私は破門となり、仙術を学ぶ機会を失いました。名明凛様の気を引きたくて、ちょっと揶揄っただけなんです。でもそれがきっかけで、私の父は降格処分となり、ついに家は傾いてしまいました。私は後継ぎでしたが、そのことで両親に疎まれ、養子に出されました。道連将軍に見出していただいて、武官として身を立て、今に至るという訳なのです。殿下…、私はまだいたいけない子供だったんですよ。子供は時に残酷であと先考えずに見たまま、思ったままを言ってしまうものです。私もそうでした。殿下…、これでもまだ私を思い出してはくださいませんか?」 「……。」 清蓮は忍耐強く、また礼儀正しく最後まで話を聞いた。 話の途中何度も眩暈がして、これ以上話を聞いていたら、血反吐を吐いたのは忠孝ではなく、清蓮だったかもしれない。 なんて話が長いんだ、そしてまわりくどい…。 この男は一体何が言いたいのだ? もしかして…、馬鹿なのだろうか? 清蓮は珍しく心の中で悪口を言った。 清蓮は決して人のことを悪く言う人間ではない。 自分の立場で軽々と悪口を言うことは、災いの種となることを知っているからだ。 国王夫妻からも、皇太子としての自覚を持ち、自らの発言に責任と注意を払うよう常日頃教えられてきた。 人の悪いところを見るより、良いところを見て付き合った方が角がたたず、いいに決まっている。 清蓮は人の良いところを見つけるのが得意なのであった。 それがどうしたことだろう。 この男に限っては、どうにもその良さが見えてこない。 見えないだけならまだしも、不快感しかない。 そもそも幼い子供の残酷な一面だとしても、いじめたことを恥ずかしげもなく、堂々と人前で話す人間がどこにいるというのか⁈ 自分の行いで父親が失脚したのに、まるで国王のせいでそうなったように言うなど、常識では考えられないことだ。 どうすればそんな解釈になるのだ? 清蓮は軽いため息をついて、この男のいいところを見つけることも、理解することも早々に放棄した。 さっさと戦って、遊郭のあの部屋に戻りたかった。 きっと光聖が待ってるはずだ…。 清蓮が黙っていると、忠孝は清蓮が自分を認めたと思ったのだろう。 一気に元気を取り戻し、 「殿下。私を思い出してくださったのですね。どうか今日のことも覚えていてくださいね。あぁ、失礼しました。今日の再会を覚えていられるかは殿下次第でございました。」 忠孝はこれまた芝居がかかった口調で、意味深に興味を煽ろうとする。 忠孝は今が芝居の最高潮とばかりに、高らかに宣言する。 「殿下…。ここからが本題です。新しい国王陛下となった天楽様が私に下した命をお伝えするとしましょう。」 忠孝は咳払いを一つして、この舞台の主人公は自分とばかりに、顔は紅潮し、目は歪んだ光を放っている。 「謀反人・清蓮。前国王・王妃両陛下、明凛王女、剛安将軍、他多数の死傷者を出すに至った今回の謀反に対し、天楽陛下は謀反人を連れて来いとの命を下したのでございます。その際、生死は問わぬということでございます。このまま大人しく縛につくのであればそれもよし。そうでなければ一線交えてかたをつけるのもよしということで。清蓮、好きな方を選べ。どっちがいい?」  慇懃無礼な態度から一転、忠孝は吐き捨てるように清蓮の名を呼んだ。 謀反人につける敬称などもう必要ないと言うわけだ。 呼び捨てにされた清蓮だったが、はなから忠孝のことを気にしていなかったので、どう呼ばれてもかまわなかった。 忠孝と話をするのも面倒だったが、清蓮はどうしても確認しなければならないことがあった。 「忠孝殿。一つ聞きたいことがある。今、君は国王陛下・天楽様と言ったが、なぜ叔父上が国王なのだ?王位継承順位は私が一位で、次いで明凛、その次が叔父上だ。私はともかくなぜ明凛が女王ではないのだ?」 忠孝は口を歪ませ、人を小馬鹿にしたような態度で清蓮の質問に答える。 「あぁ、清蓮。お前は何を言っているのだ?あまりに長い逃亡生活で頭がおかしくなったのか?いや、違うね。頭がおかしくなってしまったから、国王夫妻や明凛様、剛安将軍を殺したんだったな。」 「明凛を殺した?友泉の父君を殺しただと⁈」 「そうだよ。お前はその場にいたほとんどの者たちを皆殺しにしたんだよ。天楽様もその場にいて負傷されたが、幸い大事には至らず。ただ多くの死傷者が出て、それはそれは地獄絵図だったそうだ。お前は知っているだろう?お前がやったんだから!」 今度は清蓮がわなわな震えだす番だった。

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