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第八話 仇

「明凛が死んだ…。剛安将軍も…。そんなばかな‼︎」 清蓮は眩暈がして、思わず地にへたり込む。 「嘘だ…。嘘だ…。」 清蓮の目は虚に彷徨い、焦点が定まらない。 「またまたぁ…。自分でしたことを忘れたとでも言うのか?お前は恐ろしく、そして太々しいほどに非道だな。」 「嘘だ…、嘘だ…。」 清蓮は何度も何度も同じことを呟く。 忠孝の言葉など聞こえてはこない。 忠孝は配下の者たちに清蓮を引っ捕らえるよう合図した。 配下の者たちが用心しながら清蓮に近づき、立ち上がらせようと腕を掴むと、 「お前、誰に触れている⁈」 清蓮は怒りに狂った狂者のように、忠孝の配下の者たちに懐刀を振りおとす。 すると男たちはあっという間に地に突っ伏し気絶した。 忠孝は「これは、これは。」と拍手をしながら、清蓮を讃える。 「素晴らしい!そうでなくては私の相手に相応しいとは言えな…‼︎」 忠孝は最後まで語ることを許されなかった。 清蓮が懐刀を巨大化させ、一振りすると、忠孝はその刀身から振り出された爆風に吹き飛ばされ、木に叩きつけられ、そのままぐったりとして動かなくなった。 清蓮もへなへなと地面に倒れ込み、しばらく身動きできなかった。 国王夫妻だけでなく、明凛や友泉の父親まで殺されたと聞き、その衝撃は清蓮の心を破壊しそうなほどだった。 「落ち着け、落ち着くんだ。この目で確認するまで、信じない。絶対に信じない!」 清蓮は荒れ狂う獰猛な心を懐柔しようと格闘しながら、店の男たちが乗ってきた荷馬車の方へ、月明かりを頼りに歩いていく。 荷馬車の中を見ると、店の男たちが夜道を照らすために用意していた提灯がいくつか残っていた。 清蓮は念を込めると、蝋燭に火が灯り、辺りの様子が見えてくる。 清蓮は夜目が利くほうだが、それでも地に伏した男たちがまだ気を失っているかをちゃんと確認したかったのだ。 清蓮は当分男たちが目覚める気配がないのを確認すると、一旦光聖の元へ帰ってから、それから宮廷に戻って事実を明らかにしようと、来た道を歩きだした。 清蓮は提灯の火を消して、闇に隠れて移動しようと思った矢先、ふいに立ち止まり、しばらくとある方を向いていた。 風が吹くたび地の底から湧き上がっては消えていく、人とも獣とも言えぬ咆哮が聞こえてくる。 世話してくれた女が話していた剣山から…。 女が話したように、本当に刀が天に向かって反り立ち、捨てられた者たちを串刺しにしているのか…。 捨てられた女たちの亡骸はどうなっているのか…。 清蓮は気になった。 「確認しておこう。」 清蓮は月夜と提灯の灯りを頼りに、剣山に近づいていく。 あるところまで歩くと、清蓮は危険を感じて咄嗟に一歩引き下がった。 目の前にあるはずの道がなく、木々すらもない。 清蓮は突如として現れた崖っぷちに立っていたのである。 小さな石ころが、軽快な音を立てて転がり落ちていく。 不気味な咆哮はこの底から聞こえてきたのだ。 清蓮は提灯を掲げて見下ろすが、何も見えない。 少し大きな石を拾い上げ、落としてみるが、あっという間に音は吸い込まれ消えていく。 清蓮は提灯をそっと投げ入れると、灯りはしばらく明るいまま、闇の底に落ちていく。 夜空に輝く月と雲は、隠れんぼをして、互いその姿を消し合っていて、どうやら今は月がその姿を隠す番で、辺り一面漆黒の闇に包まれた。 こんなに暗いんじゃわからないけど、思っていた以上に深くて大きな穴かもしれない…。 人が易々と行けそうにないから、剣山なんてものはなさそうだけど…。 それにしたって、落ちたら生きて帰れることはできないだろう。 清蓮はその場でそっと目を閉じて、手を合わせ、一心に捨てられた女たちの冥福を祈った。 「また必ずここに来て、ちゃんと女たちを弔ってやろう。それまですまないが、ここで安らかに眠って…。」 清蓮がそう剣山に向かって呟いていると、 「清蓮様…。」 どこからか風にのって、声が聞こえてくる。 どこかで聞いた声だ…。 清蓮が声の方へ振り向くと、 「…‼︎」 隠れんぼをしていた月が雲から逃れてまたその姿を見せると、月下に清蓮と声の主が照らし出された。 清蓮の前に立っていたのは一人の女だった。 清蓮の世話をしていた女。 月夜に照らされた二人は、互いの鼓動が聞こえるほどに体を寄せ合っていた。 女はゆっくりと清蓮から離れる。 清蓮もゆっくりと女から離れ、自分の腹を見て顔を歪めた。 清蓮が見たのは、自分の腹に深々と突き刺さる一本の刀だった! 女は全身が小刻みに震え、月夜に映る女の顔は亡霊のようだったが、それでいて奇妙な興奮に身を震わせているようでもあった。 人生で初めて人を刺したであろう女は、声を振り絞って、 「夫の…仇。夫の仇!死ね、清蓮‼︎」 女はもう一度清蓮に突き刺さる刀を握りしめ、全身の力を込めて清蓮の体を貫き、清蓮を剣山に突き落とした。 清蓮は漆黒の闇に落ちていった…。

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