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第十二話 再会の扉

扉の前に佇む女は清蓮に一礼する。 「清蓮様。ようやっとお目覚めになりましたか」 そう切り出した女は、太刀渡家当主・倫寧りんねいであった。 「お初お目にかかりますと申し上げましょうか?それともお久しゅうございますと申し上げたほうがよろしいでしょうか?」 倫寧は透き通った、よく通る声で清蓮に問いかける。 そういえば、この間も剣山で追手の一人から同じように挨拶されたな…。  あの男のことは全く覚えていなかったけど、この女性にょしょうのことは覚えている…。 夢で見た。  赤子を…、生まれたばかりの光聖を抱いていた女性。 そして清蓮に、赤子を抱くよう差し出し、なにがあろうとも幸せになるでしょうと言った女性…。 清蓮は自分を品定めしているような女の目を真正面から捉え、迷いなく答える。 「覚えています。あの時私に赤子を…、光聖を抱くよう言ったのは貴方でした…」  倫寧は清蓮の返事に満足したようで、大きく頷く。 「清蓮様、あの坊や…、光聖に会いたいと?」 清蓮は倫寧が悪びれる様子もなく光聖を坊やと呼んだことに驚いたが、あえてそこには触れず、 「はい。彼に会いたい。彼の無事を確認したいのです。ここにいるのでしょう?会わせていただきたい」 清蓮は丁寧にお願いする。  彼は誰に対しても、お願いはしても命令はしない。 倫寧は清蓮の返事を予測していたようで、 「清蓮様。残念ながらこの件に関して、私は一切の権限がなく、なにも申し上げられないのです。光聖が今どこにいて、どうしているのか。あるいは…」 倫寧は少し清蓮に意地悪したくなったようで、言葉に含みをもたせると、案の定清蓮は、 「あるいは…なんですか?どういうことですか⁈」 清蓮はその言葉はわずかに語気が荒くなる。 清蓮は顔面蒼白になりながら、もう癖と言っていいだろう、無意識に水晶を握りしめた。  水晶の冷たさはどんなに握りしめてもそのままだ。 その様子を見ていた倫寧は、手にしていた扇子を開いてはさっと顔の下半分を隠す。 清蓮たちからは窺い知れぬが、倫寧は楽しそうに口角をあげ、 あら、そう…! 光聖が皇太子にご執心なのは知ってたけど…、彼もまんざらではないのね! そう声にならぬ声で清蓮の様子を評すると、倫寧は扇子を優雅に一扇ぎすると、ぴしゃりと扇子を閉じ、 「清蓮様。私は貴方様をこれからある場所にご案内いたします。」 「ある場所?光聖がそこにいるのか?彼に会えるのか?」 「清蓮様。先ほど申し上げましたように、私はそのことについて申し上げる言葉を持ちません。どうぞそのお部屋に行ってから、ご自分でご判断なさいませ」 「…わかった。倫寧殿、案内を頼む」 清蓮は名凛に行ってくる、また後で話をしようと急ぎ伝えると、清蓮は倫寧と共に部屋を出た。 清蓮は倫寧に案内されるままについて行く。 ここで赤子の光聖に会ったんだ…。 長い廊下を歩いていると、清蓮の記憶が朧げながら甦ってくる。 あの時も両親に連れられて、この長い廊下を歩いた。 記憶は曖昧だけど、確か抜けるような青空で、あまりにも寒くていっぱい着込んでいたな…。 とっても寒かったけど、成人の儀の時と同じ、凜とした張りつめた空気がとても気持ちよかった…。 清蓮は今、黒光りの長い廊下に、燃える紅色が映し出されているのを見て、清蓮はもうそんな季節になったのかと、改めて感慨に耽った。 成人の儀、光聖に再会した日は、凜とした空気が心地よい冬だった。 梅が終わり、これから桜の季節を迎えようとしていた時、清蓮は逃亡者となった。  温蘭にたどり着いて、また光聖と相対したのは、新緑の季節だったか…。 その後剣山で刺され、突き落とされて死んだはずの、あの時から三月…。 夏はとうに終わり、木々の葉が艶やかに彩る季節になっていた。 太刀渡家の屋敷は友安国最高峰の山で、霊山としても有名な竜仙山の山頂は万年雪に覆われている。 山頂付近は一年中雲に隠れ、その全貌を見た者は幸せになると言われている。 竜仙山は修験の場ともなっており、修行のため山に入る者もいるが、人間にとってはなかなかに厳しいところで、その環境に大抵の者は道半ばで修行を諦めたり、運悪く遭難して自然の一部と帰すのがほとんどだ。  太刀渡家の屋敷はそのような人を寄せ付けない山の麓にひっそりと建っているのである。 「清蓮様、着きました」 清蓮は長い廊下を渡りきり、右に曲がってはまた長い廊下、左に回ってはこれまた長い廊下と、眺める景色が同じであったなら、同じところをぐるぐる回っているのではないかと疑うくらい、廊下を渡り歩き、ようやくある部屋の前に着いた。 「どうぞ中にお入りください」 倫寧がそっと扉を開けて、清蓮を促す。 清蓮は手に汗握り、背中も冷たい汗に濡れている。 「ありがとう」と倫寧に感謝を伝え、水晶を握りしめて、ゆっくりと形の整ったふっくらとした唇を水晶に押しあてると、静かに部屋に入っていく。 清蓮の後ろでぴしゃりと扉が閉まる音がしたが、清蓮はただ真っ直ぐ、一人の男を見つめていた。 長身の男が清蓮に背を向けて立っていた…。

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