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第十四話
「清蓮、少しは落ち着いたかい?」
光安は清蓮が昂《たかぶ》った感情が鎮まるのを待っていると、清蓮は赤く腫れた目を擦りながら、こくりと頷く。
光安は清蓮の座った椅子の近くに自分の椅子も引き寄せ座る。
「清蓮。修練場で君と光聖はいろんなことがあった。その多くを私は知っているが、二人だけが知っている出来事もあっただろう。いずれにしろ、修練場での日々はこの場ですべて語りきれぬものではない。だから、これから君に話すことは、ほんの一部にすぎない。いいね?」
「はい、先生」
「それに…」と、光安は意味ありげに清蓮を見ながら、
「いくら君と光聖の話と言っても、実のところ、早く光聖のところに会いに行きたいだろう?」
清蓮は目を輝かせ、「はい!」と身を乗り出して返事をするが、いささか率直すぎたかと、恥ずかしくなり顔を赤らめた。
清蓮は一刻も早く光聖に会かったが、修練場での出来事も知りたかった。
「あっ…あの…でも修練場での話も聞きたいんです。高熱を出したせいで、ほとんど覚えていないので。きっと素晴らしい体験だったでしょうに…。それなのに…光聖のことも…、先生のことも覚えていなかった…」
光安は清蓮の慌てふためく姿を微笑ましく見守り、
「それは仕方のないことなんだよ、清蓮。君の落ち度じゃない。そうする理由があったんだ」
光安は清蓮の肩を軽くたたいて手をおくと、じんわり伝わる温もりが清蓮を安心させた。
光聖と同じ…。
というか人間と同じだ…。
とても温かい…。
安心した清蓮を見て、光安は清蓮の肩の添えた手をおろし、
「では、かいつまんで…。そうだな、君たちの出会いと…」
そう言って光安は清蓮から離した手を顎にやり、少しばかり考えたあと話し始めた。
光安の話はこうだ。
光安とある者が命を吹き込み、光聖は神の子して生まれた。
生まれたばかりの光聖は、見目麗しいのはもちろんのこと、赤子ながらもどこか理知的であった。
だが赤子の光聖は産声を上げることもなく、目を閉じたままじっとして、いっこうに目を覚ます気配はない。
光安たちがどんなにあやしても、なぜか光聖が目覚めない。
せっかく神の子として生まれたのに、ただ眠っているだけの光聖に、神である光安は戸惑いを隠せない。
これはどうしたものかと、考えあぐねていた時、ある者が光安に光聖に友達がいたら少しは違うのではないかと言い出した。
それを聞いた光安は、なにを馬鹿なとその者に反論する。
「友達って…。神の子とはいえ、生まれたばかりの赤子だぞ。必要ないだろう」
「光聖は目を閉じてるけど、俺たちの言ってることを理解している。赤子だけどわかってるはずだ。それでも俺たちのこと、興味ないんだ。俺たちが生み出したっていうのにさ。それって、つまり光聖が最初に目にしたいのは俺たちじゃなくて、その友達なんじゃないかな?あっ、違うな、将来の恋人か…、それとも伴侶かな?」
「伴侶って…。親である私たちより先に見たいって…。君は時々突拍子もないことを言いだすね。そんなことあるわけないだろう。きっと光聖にはなにかしらの欠陥があるのでは?そうでなければこんなにも長い間眠っているなんて、どう考えてもおかしいだろう?」
二人は互いに意見を言っては譲らなかったが、散々ああでもない、こうでもないと話し合った結果、最後は光安が折れて、ものは試しと友達探しをすることになった。
それからというもの、二人は四方八方探しては、これはと思う《友達》を光聖の前に連れてくるが、月日が虚しく流れていくだけで、光聖は眠ったまま、いっこうに目を覚ます気配はなかった。
年月だけが虚しく流れ、二人は半ば諦めかけた時、ついに光聖の前にその《友達》が現れたのだ。
光安は清蓮に「夢で見た出来事を覚えているだろう?」と、話しかける。
清蓮は覚えていますと答え、夢で見たことを思い出していた。
確かあの時…。
赤子を抱くよう言われ、笑顔でこんにちはと声をかけた。
赤子は清蓮に声をかけられ、その笑顔を見るが、すぐに目を逸らし、天井を見つめたまま微動だにしなかった。
だがこの時、赤子を差し出した倫寧は心底驚いていた。
気の遠くなるような年月、光聖は目を覚ますことなく眠り続けていたのに、清蓮に声をかけられると、目を開いたのだ。
光聖はすぐに目を逸らしてしまったが、それでも清蓮が光聖を抱きしめると、光聖は完全に目を覚まし、目を見開いて愛らしく声を立てて笑ったのである。
「本当にね…、気の遠くなるような月日を経て、君たちは…出会ったんだよ」
その言葉を聞いた清蓮は、成人の儀で光聖と再会ともいうべき出会いを果たした時のことを思い出し、光聖に対しどこか懐かしく、特別ななにかを感じたが、まさにこういうことだったのかと、驚きを隠せなかった。
同時に清蓮は光聖との浅からぬ縁に、嬉しさで心がじんわりと温かくなるのを感じた。
「まぁ、それからしばらくは君と会えなくてね。会えない期間、光聖はずっと不機嫌でね。彼には神になるべくやらなければいけないことが山ほどあるというのに、わがままで言うことは聞かないし、生意気なことばかり言って、ずいぶんと世話を焼いたものだ。本来なら、君に出会うはるか以前に神になっていたはずだからね。私が言うのもなんだが、本当に神の子なのだろうかと疑ったものだよ」
光安は光聖の無愛想な表情と生意気な態度を思い出して、苦笑いした。
清蓮はというと、小さい時の光聖と今の光聖がとても同じ人物とは思えなかったが、清蓮は心の中で、光聖に振り回される光安先生の姿を想像すると、先生には申し訳ないが、なんだか微笑ましく思ってしまう。
信じられないな…
でも…
わがままな光聖って、それはそれでちょっと可愛くないか?
今でも先生の前でわがまま言ったりするのかな?
見てみたいものだな…
清蓮は心の中でくすっと笑った。
光安はやれやれといった顔をしていたが、手がかかる子ほどかわいいといった、我が子を思う親の気持ちを表していて、清蓮は密かに神も人間も我が子を思う気持ちは同じなのだなと思った。
光安は、昔を懐かしみながら話を再開する。
「修練場で君に会えると知った時、光聖の喜びようといったら。君に見せてあげたかったよ。修練場で再開した時は恥ずかしがっていたからね、光聖は」
清蓮が光聖と修練場で会ったのは、清蓮が赤子の光聖を腕に抱いたあの日以来、五年ぶりであった。
清蓮が修練場に到着した時、光安と光聖、数人の弟子たちが出迎えた。
光安は清蓮一行が修練場に来ることを光聖に内緒にしていたため、光聖は光安の後ろに隠れてはくっついて離れず、誰とも話そうとしなかった。
清蓮が声をかけた時も恥ずかしかったのか、光安の後ろに隠れて、覗き見るように清蓮を見上げるだけだったが、自分を見下ろす少年が清蓮だと気づくと、ぱっと表情が明るくなり途端に笑顔になる。
その笑顔は美しさのなかにも子供らしい、愛くるしさに満ち溢れた笑顔であった。
清蓮もつられて、思わず頬が緩んでしまう。
「初めまして!私は清蓮。よろしく」
「初めましてじゃなくて、久しぶり!だよ。清蓮!」
五歳くらいの光聖は大人びた、少し生意気にも聞こえる口調で清蓮に挨拶する。
すると清蓮の隣にいた友泉が、眉を吊り上げて幼い光聖にくってかかる。
「お前、誰に対してそんな口を聞いてるんだ⁈清蓮はこの国の皇太子だ!子供でもそんな口の聞き方は許されないぞ!」
光聖は友泉を一瞥しただけで、すぐに目を逸らす。
光聖は、友泉が清蓮の隣にいるのが気に入らないようだ。
「君だって、清蓮のことを呼び捨てにしてるじゃないか!私と何が違うって言うのだ?」
光聖は悪びれることもなく、友泉に面と向かって言い返す。
「なっ…!俺と清蓮は幼馴染なんだよ!今日初めて会ったお前と一緒にするな‼︎」
「私も生まれた時、清蓮と会ったことがあるよ。初対面ではないし、清蓮と呼んでも彼は怒ったりしない。そうでしょ、清蓮?」
光聖と友泉のやりとりを見ていた清蓮と光安は顔を見合わせ、苦笑いする。
「うん。怒ったりしないよ。君と私は初対面だと思うけど、そんなことは関係ないよ。ここで一緒に過ごすんだから、今から君と私は友達だ。だから清蓮と呼んでもらってかまわないよ!」
清蓮は光聖と目線を合わせて、優しく答える。
一方友泉に対しては、
「友泉、君の負けだな。この子の言うことはもっともだ。」
清蓮は友泉の肩を軽くたたき、笑いを堪えながら声をかける。
「ふん、勝手にしろ!いいか、清蓮は皇太子だってこと忘れんなよ!失礼のないようにするんだぞ‼︎」
友泉は光聖に向かって、負け惜しみを言った。
一体何が気に入らないのか、友泉は自分のことは棚に上げて、ぶつぶつ文句を言っている。
「友泉…、君が言うと…全く説得力がないよ。それにもうやめよう。私たちは今日来たばかりだよ。面倒を起こすのは良くないからね」
「わかったよ…」
友泉はまだ不満そうだが、それでも清蓮の手前、矛先を収めた。
清蓮は友泉に頷いてから、しゃがみ込んで、また光聖と目線を合わせる。
「そういえば、君の名前をまだ教えてもらっていなかったね。名前はなんて言うの?」
「…光聖」
光聖は清蓮に真正面から見つめられると、先ほどの勢いはどこへやら、急に頬を赤く染め、小さな声で答える。
恥じらいながら答える光聖はなんとも愛くるしく、清蓮は思わず光聖の頬を指でつんつんと突きながら、
「光聖…。光聖…。うん、とても良い名前だ。仲良くしようね、光聖」
「…うん。仲良くする…」
こうして二人は修練場で再会を果たしたのである。
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