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第十八話 縁の連なり
「私は君が受けた黒い波動…、いや呪いと言うべきか…。私はそれを取り除いた」
光安はふぅと軽く息を吐いて、青蓮を見つめ、清蓮の張りのある頬を軽くつねって笑う。
「本当に君は…、なんと言うか…、運が悪い」
「はは…」
清蓮はぽりぽりと頬を掻きながら、なんともいえないと言った表情で光安を見る。
実際、清蓮はなんと言っていいかわからなかった。
修練場で黒鹿と遭遇し、死に瀕していたなど夢に思っていなかった。
光安の話を聞いても、不思議な話と思うだけで、どうも実感が湧かない。
それでも自分と光聖には並々ならぬ縁があることはわかった。
光安はまだ話が終わっていないようで、
「私は君を助けるために、光聖にある幾つかの条件を出した。修練場での清蓮の記憶すべてを封印すること。神となるべく修練を積むこと。その間、なにがあっても君と会わないこと…。但し君が本当に困ったことになった時、その時は手を差し伸べていいと…。しかしこれにも条件があった。再会したとしても、光聖自ら君との関係を明かしてはならない。君の封印した記憶が蘇るのを待つか…、あるいは私の許しを得るまでは…」
清蓮は光安の話を聞いて、合点した。
清蓮が光聖と再会を果たしてからというもの、不思議で仕方なかったのだ。
どこか懐かしく、ただならぬ縁を感じていたし、どこかで会ったように思えたが、一向に思い出せない。
光聖に聞いてもはっきりしない。
どうして光聖が自分を助けてくれるのか、どん底に堕ちても掬い上げてくれるのか。
それが今清蓮のなかでようやく納得することができたのである。
「光聖は誓いを守った。どんなに厳しい修練も、文句一つ言わず黙々と受け入れた。
私はね、君が困ったことになった時は手を差し伸べていいと言った。それは裏を返せば、君が困ったことにならず、平穏無事に過ごしていれば、彼が立派な神になるまで、君と会うことはかなわないということを意味していた。いつ会えるかわからないなかでも、それでも…光聖は君があのまま消えてしまうよりははるかにいいと思っていたようだ。君ももうわかっていると思うけど、彼は強くなった。もう私の小言など必要ないくらい…」
光安は清蓮の肩に手を置き、謝罪の言葉を述べた。
「黒神の森でのできごとに君を巻き込んでしまったことを許してほしい。光聖の未熟さを許してほしい」
光安は偉大な神というよりは、一人の父親として言葉を続ける。
「こう言うのもなんだが、あのできごとは光聖が神になるための試練でもあったのだと…。君には申し訳ないことをしたが…。私はそう思っている」
清蓮は自分の肩に置かれた大きな手を両手で優しく握りしめ、
「先生…。私は感謝しています。あなたに助けていただいて…。私はとうの昔に死んでいた…。私は感謝しています。光聖に助けてもらって…。私は今こうして生きている…。そして先生と再会することができました。光聖にもまた会える…。これは普通なら叶わないことです」
光安は清蓮を運が悪いと言ったが、清蓮は数奇な巡り合わせを恨めしく思うより、むしろ心から感謝した。
「人生とは奇妙な縁の連なりだな。良くも悪くも繋がっている。望む望まぬ関係なしに、巡り巡って繋がっている…」
「はい、先生」
「できることなら良い縁の連なりであってほしいものだな…」
「はい…、先生」
二人は互いを包み込むような柔らかな笑顔をかわした。
「さぁ、清蓮。光聖に会ってくるがいい。彼も首を長くしてお前を待っているだろう」
光安はそう言って清蓮を送り出そうとしたが、清蓮が何か聞きたそうな顔をしているのに気づいた。
「聞きたいことがあるのかな、清蓮?」
「はい、先生。よろしいでしょうか?」
「いいだろう。言ってみなさい」
「先生は多くの門下生…、人間に仙術を教えてらっしゃいましたが、き それを極めた人はいたのでしょうか?」
清蓮は逃亡してからというもの、いくつかの疑問をもっていた。
清蓮はその一つを光安が知っているのではないかと思い聞いたのだ。
「仙術…。そうだな…、はるか昔はいたが…。おそらく君が聞きたいのはここ最近のということだろう?それならば…みな、どんぐりの背比べだな」
光安はその大きな美しい手を顎にやり、か記憶を辿りながら、
「だが…、君の父親である清良、友泉の父親の剛安、あとは天楽や道連の四人は筋がよかったのを覚えている」
「四人…」
仙術の心得がある四人のうち二人が殺されるなんて…
なにかあるに違いない…
清蓮もいつものの間にか光安と同じように手を顎にやり、考えあぐねている。
光安は清蓮の考えていることがわかるようだが、あえて質問する。
「清蓮、光聖に会った後どうするのだ?」
光安に声をかけられた清蓮は、はたと我にかえる。
清蓮は澱みのない瞳で光安を見て、
「宮廷に戻ります!戻ってすべてを明らかにします‼︎」
光安は静かに頷いた。
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