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第十九話 光安の男
光安は清蓮の言葉に驚く様子もなく、清蓮を後押しする。
「君の人生だ。思うようにすればいい」
光安は何か思い出したように清蓮に声をかける。
「そう…、君の妹・名凛だが…。君も両親共々殺されたということになっているなら、ここにいてもなんの問題もないだろう。心配せず、そこにいる倫寧《りんねい》に任せておきなさい」
そう言われた清蓮がはっと後ろを振り向くと、太刀渡《たちわたり》家当主・倫寧がいつの間にやら清蓮の後ろに立っていた。
「清蓮様。名凛様のことはどうぞご心配なさらず。私どもにお任せください」
倫寧はそう言って清蓮に一礼する。
清蓮は大して驚くこともなく「お願いします」と倫寧に返事をした。
ここの人たちはみんなお見通しだ…
それも当たり前のことだな…
清蓮は彼らの存在を理解した時から、なにもかも知っていても不思議ではないと思い始めていた。
きっと彼らはすべて知っている…
清蓮はほんの一瞬だが、彼らに聞いてみたい衝動に駆られた。
誰が両親や友泉の父親を殺したのか。
どうして自分が逃亡しなければならないのか。
清蓮は知りたかった。
聞いてみたい気持ちにもなった。
でも、だめだ…
それは絶対にだめだ…
もし聞いたら、光安先生は失望するだろう…
なにより、清蓮は他のことならともかく、自分自身のことで神に縋って生きるのは良しとしなかった。
愚直でも、遠回りでも、自ら進む道は自分で切り開いていかなければ!
二人の神に命を救ってもらったならば、その命を燃やして生きていかなければ‼︎
「公安先生…。いえ…白神様。ありがとうございます」
清蓮は、光安に深々と一礼した。
「ふふ…、清蓮。私にとって君は可愛い門下生で、君にとって私は先生だよ。いつでも会いに来なさい。君と話すのは楽しい。いつでも歓迎するよ」
光安は優しい笑みで清蓮に向け、いつもの癖で清蓮の頬を軽くつまんだ。
「はい、先生!私もまた先生もお話ししたいです‼︎」
清蓮は弾けるような笑顔で光安に応え、倫寧に促され部屋を後にした。
清蓮を見送った光安は、その場から移動して部屋の壁と向かい合った。
なんの変哲もない壁だったが、光安がその壁にそっと手をかざすと、光安よりも一回り大きな姿鏡が現れた。
光安は鏡に触れると、水面に触れたかのように小さなさざ波が生じ、光安はその鏡のなかに入り込んでいった。
光安はなにごともなかったかのように、部屋に再び現れた時、そこはもう太刀渡家の屋敷ではなかった。
そこはかつての修練場の一画にある簡素な建物の部屋で、強力な結界が張られ、光安以外のものが入ることはできない。
光安が部屋に入ると、どこからともなく行燈の明かりが灯され、香炉から出る淡い香りが漂っている。
建物同様、部屋も質素で、椅子と卓が置かれ、その先に衝立、さらにその奥には寝台が置かれていた。
光安は衝立のそばに立ち、寝台に向けて声をかける。
「私だ。入るよ」
返事はなかったが、光安は気にすることもなく寝台の方へ入って行く。
すると寝台には男が一人横たわっていた。
光安は寝台の近くにある椅子に座ると、じっと男を見つめる。
男は微動だにせず、まるで死んでいるようだ。
だが、よく見るとほんの少しではあるが、胸が上下に動き、死んでいるのではなく深く眠り込んでいるのがわかる。
光安は軽いため息をつくと、手を伸ばし男の顔をそっと撫でる。
光安は静かに優しく語りかける。
「清蓮に会ったよ。君も会ったことがある、覚えているだろう?とても優しく美しい若者だ。愛情深く、誰に対しても慈しみの心をもつ…。君とは性格は違うけど、でもどこか似ている…」
光安はさらに男の髪に触れ、その一房をくるくると自分の指に絡める。
「清蓮は目を覚ましたよ…。目を覚ました…。今頃は光聖と会っているだろう。それなのに……なぜ君は目覚めない?」
光安は今度は思いため息をつき、もう一度男の顔を撫でると自らの唇をその男のそれに重ねた。
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