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第二十一話 幾たびも巡り合う二人 その二
「清蓮様…。お楽しみ…、いえ、お取り込み中のところ申し訳ございませんが、光聖様のお薬と清蓮様のお食事をお持ちしました」
清蓮はぎょっとして、後ろを振り返ると、倫寧に仕える花南《かなん》が光聖の煎じ薬が入った器と重湯の入った器などをのせた盆を持って立っていた。
花南はさも楽しそうな、含みを持たせた笑顔を清蓮に向けている。
清蓮は高貴な身分にあるまじき姿で花南を見る。
柔和で温かみのあるやさしい声色はどこへやら、清蓮は光聖に跨ったまま、素っ頓狂な声で、
「あっ、あの…これは…あの…、あの…きず…傷がないか、確認していたんです!傷です!傷がないか…それだけですよ!それだけなんです‼︎」
清蓮は本当のことを言っていたが、あまりにも挙動不審だったので、全くもって説得力がなかった。
あら、なんて可愛いのかしら…
あんなに顔を赤らめて…
なんだかいじめたくなっちゃう…
そう思ったものの、花南は清蓮を安心させるように返事をする。
「承知しております、清蓮様。私はこちらをお二人にお持ちするようにと…」
そう言って、持ってきた盆を卓の上にのせた。
「清蓮様。どうぞこちらをお召し上がりくださいませ。目が覚めたばかりですから、胃腸にやさしいものをお待ちしました。それから…これは主人からの言伝《ことづて》で…」
花南はちらっと光聖を見ると、光聖は花南の意図がわかったのか眉間に皺を寄せ、なにか言おうとした。
だがそれよりも早く、花南は清蓮に声をかけた。
「清蓮様、この煎じ薬を光聖様に飲ませて差し上げてください。光聖様もまだ万全の体調ではございませんので、ご自身で飲むのは難しいのです。光聖様、こちらの重湯を清蓮様に差し上げてください。清蓮様はまだ目覚めたばかりで、やはり万全の体調ではないのです。どうかお二人、互いに手伝ってやってくださいませ」
「あの…、はい。私でよければ…お手伝いします」
清蓮はしどろもどろに答えたが、花南の言ってることは支離滅裂のように思えた。
互いに手伝えと言ったが、互いに手伝えるくらいなら、初めから自分で飲めばいいことではないのか?
そう…、わざわざそんな回りくどいことしなくても、自分で飲めばいい…
花南は矛盾をわかって上で、そう言ったのだ。
あらあら…
困った顔して…
それでも、はいって言うんだから…
やっぱり可愛い子ね…
花南は去り際にちらりと光聖に向け、清蓮にわからないほどの小さな笑顔に、ぱちりと片目を閉じて合図を送り、その場を離れた。
光聖は苦虫潰したような、なんともいえない小難しい表情で花南が辞するのを見ていた。
清蓮はというと、花南が去ると、まずはともかく自らの行いを心底恥じて、光聖に心から謝罪の言葉を口にした。
「光聖…。ごめんなさい。私…、私は…あの…、あの…君に失礼なことをしてしまった。私は…その…傷が…、君の体に傷がないか確かめたかっただけなんだ。本当に申し訳ない」
光聖は気にする様子もなかったが、ただちょっと困った顔をしている。
それに気づいた清蓮は、
「光聖?どうしたの?」
「清蓮…。そろそろ…降りてくれないかな…?」
「えっ…!あっ!ごめん!本当にごめん!」
清蓮は慌てて跨っていた光聖から離れようとしたが、光聖のはだけた衣の隙間から均整のとれた上半身が垣間見え、思わず生唾を飲み込んでしまう。
なんて美しいのだろう…
そう思うほどに、光聖はどこまでも果てしなく美しかった。
「清蓮?」
光聖は怪訝な表情で清蓮に声をかけると、清蓮ははっとなって光聖を見る。
「あっ、ごめん。なに?」
「清蓮、そこの椅子に座って」
光聖は清蓮に寝台のそばにある椅子に座るよう指し示す。
「うん…。重かっただろう…。本当にごめん」
清蓮は光聖から離れて寝台の傍にある椅子に座った。
「全然…重くない。それより花南の言うように、君はなにも口にしていないだろう。体を労らないと」
そう言って寝台から身を乗り出し、重湯の入った器と匙を手に取ると、一口掬っては清蓮に差し出す。
清蓮は戸惑いの表情で、両手を左右に振りながら、
「あぁ、そんなことしなくても大丈夫だよ、光聖。自分で食べられるから。それよりも君の方が先に飲まないと。これ、大事な薬なんだろう」
清蓮はそう言って、煎じ薬の器と匙を手に取り、一口掬って光聖の口元に運ぶ。
互いに匙を持ったまま口を開かず見つめたままでいたが、どちらともなくゆっくりと口を開いて、互いに差し出された匙を口に入れ、清蓮は重湯を、光聖は煎じ薬をごくりと飲み込んだ。
二人は無言で互いの口に匙を運び、その度ごくりと飲み込む。
光聖の飲む煎じ薬はそう多くなく、数口で器は空になった。
清蓮の方はまだ重湯が残っており、光聖は清蓮の口に含ませるが、口の端から少し重湯がこぼれると、清蓮の顎に向けたらりと流れてしまった。
すると光聖は慌てる様子もなくその重湯を指で掬い、自らの口に重湯のついた指をくわえ、飲み込んだ。
清蓮には光聖の瞳が一瞬揺らめいたように見え、清蓮は体が一気に燃えるように熱くなるのを感じた。
清蓮はまともに光聖の顔を見ることができない。
「光聖…、あの…もうお腹いっぱいだ…。これくらいにしておくよ」
清蓮がやっとのことでそう言うと、光聖はそうかと言って、器から最後の一口を匙で掬い、やはり自らの口に含んで飲み込んだ。
清蓮は目を見開いては、光聖の一挙手一投足を見ているしかなかった。
光聖は悪びれる風でもなく、そしてなぜか嬉しそうに、
「すまない。君が食べているのを見たら、私も少し欲しくなってしまった…。はしたないことをした」
「いや…、お腹が空くのはいいことだよ。体が良くなってる証拠だし…。それにさっき、はしたないことしたのは私の方だから…」
「そんなことはないけど…。では…、これでおあいこということにしよう」
「はは…。そう…だね、君がそれでよければ…」
清蓮は恥ずかしくて、どうにかなりそうだった。
前からだけど、光聖といると身がもたない…
清蓮は心の中で一人呟いていたが、光聖は相変わらず淡々としていて、いや、清蓮にはそう見えただけかもしれないが、清蓮に打ち解けた様子で、ただ少し残念そうに話しかける。
「清蓮…。君と話をしたいんだが、この煎じ薬を飲むと、少し眠くなってしまうんだ。私は眠らなくたって平気なのに、なぜかこの薬を飲むとそうなるんだ…」
話をしている途中から光聖の目は少しとろんとしてきて、それはそれで艶かしい色香を漂わせる。
「だから申し訳ないが、私が万が一寝入ってしまったり、君が疲れて横になりたくなったら、隣の部屋に行って休むといい。ここにずっといる必要はない」
光聖は目が重くなってきたのか、長い睫毛を上下させ、
「それにしても…この薬は好きになれない…。私は眠らなくても大丈夫なんだ。君と話をしたいのに…」
「うん、わかった。ほら、眠そうな顔をしてる。もう休んで。またあとで話をしよう」
清蓮は優しく光聖に横になるよう促す。
光聖はまだ眠りたくないのにと、恨めしそうに言うのを聞いて、清蓮は思わず、
「君は昔からいじっぱりというか、負けず嫌いというか…」
昔を思い出したかのように、そう言いながら横になった光聖に掛け物をかけてやる。
「そう…かな…?」
光聖は横になるとすぐ目を閉じて眠りについてしまった。
眠りについた光聖の表情は美しいのはもちろんだが、なんとも柔和で穏やかだ。
いつもの凛々しく神々しい様とはまた違う…
陶器のような白い肌…
綺麗に整った眉に、長い漆黒の睫毛…
すーっと通った鼻筋に、形の良い薄紅色の唇…
本当に…君は神の子なんだね…
清蓮は椅子に座ったまま、飽きることなく光聖の顔を見つめていた。
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