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第二十二話 幾たびも巡り合う二人 その三
「清蓮!清蓮‼︎こっち、こっち!早く来てよ!」
光聖は清蓮から少し離れたところから、大きな声を出して手招きしている。
「光聖、そんなに急がなくても大丈夫だよ!それにそんなに大きな声を出したら、驚いて逃げてしまうよ!」
清蓮は穏やかな声ではしゃいでいる光聖に返事する。
「ったくよぉ…。一体何が楽しいんだよ、虫なんかみてさ」
友泉はぶつぶつ文句を言いながら清蓮と並んで歩いている。
三人は修練が終わった後、散歩するのが定番だった。
たいていは三人で一緒に過ごすことがほとんどだが、友泉は清蓮とおしゃべりするのが楽しいだけで散歩自体はそう好きではなかった。
一方清蓮は長く宮廷の中で生活していたせいか、自然のなかで自由に散策できることにこの上ない喜びを感じていた。
光聖はというと…、清蓮と一緒ならなんでもよかった。
そんな光聖を友泉は面白く思っていないようで、二人はことあるごとにつまらない言い争いをしていた。
今回もそうだ。
「おい、ちびっ子!一人で勝手に走るな!転んでもしらねぇぞ!」
乱暴に声をかける友泉に、清蓮は苦笑いしながら、
「友泉、そんな言い方しなくても…。光聖はちゃんとわかってる…」
そう言い終わらないうちに、光聖は気の根っこに引っかかって転んでしまう。
「光聖、大丈夫⁈」
清蓮は光聖のもとに駆け寄って心配そうに声をかける。
「ほら、言わんこっちゃない!」
友泉は呆れながらも清蓮たちのもとに駆け寄る。
「怪我はない?痛いところはない?」
光聖は立ち上がって、
「転んだだけだよ!どこも怪我してない。どこも痛くない」
「本当に?だいぶ派手に転んだよ、君。ほら、万歳して。見せてごらん。怪我してないか確認しよう」
清蓮は光聖の服についた土を払い、関節を動かして動きに問題ないか、体に傷がないかくまなく確認する。
光聖は万歳したり、手足を動かしたりと清蓮の言われるがままになっている。
清蓮がくまなく体を調べていると、
「くすぐったいよぉ、清蓮!」
くすくすと笑いだす始末。
「うん、大丈夫。気をつけなきゃだめだよ。傷から悪いものが入って、化膿したら大変だ。すぐには治らないんだから」
「でも、怪我しても治せるし…。清蓮が怪我したら治してあげるよ!」
「なに言ってやがる。清蓮に世話ばかりかけてるくせに!口だけは達者だな、ちびっ子!」
「うるさいなぁ、私は清蓮に言ってるんだ。お前に言ってるんじゃない!」
光聖は友泉に遠慮することなく言い放つ。
お前呼ばわりされた友泉は全くもって面白くない。
かといって、年下の生意気な子供相手に本気になるわけにもいかず、これ以上の争いは無駄だと思った友泉は、
「俺は修練場に戻る。お前ら二人で虫でもなんでも見に行けばいい」
「ここまで来たのに帰るのか?あともう少しなのに…」
友泉は清蓮に手を振って、
「いい、いい。俺はもともと興味ないから、そういうの」
光聖には、「清蓮の言うことちゃんと聞くんだぞ、ちびっ子!」
と言い放ち、修練場に戻って行った。
「せっかくここまで来たのに、なんてもったいない…」
清蓮は残念そうにため息をつく。
残念そうな清蓮を見た光聖は、少しやりすぎたと思ったのか、素直に謝った。
「ごめんなさい…」
「はは…。誰が悪いわけじゃない。君たちの喧嘩もいつものことだろ?友泉はこういうの好きじゃないのは知ってたよ。だから君は気にしなくていい。さぁ、急いで行こう。日が暮れる前に!」
「うん!」
二人は手を繋いで、森の中へ歩いて行った。
所々に紫陽花が咲いており、青蓮たちの目を楽しませる。
二人は自然の移ろいを肌で感じながら、ようやく日が暮れる前に目的の場所にたどり着いた。
二人はそれぞれ切り株に腰をかけ、他愛もないおしゃべりをしながらその時が来るのを待っていると、あたり一面闇に包まれる。
清蓮と光聖は辛抱強く待っていると、小さな黄色い光が一瞬点滅しながら彼らの前を通り過ぎていった。
清蓮が光聖に小さな声でそっと伝える。
「光聖、見てごらん!君が見たがっていた蛍だよ!」
「うん!」
光聖は目をまんまるくして驚き、大きな声で返事をしてしまう。
「光聖、蛍が驚いてしまうから、静かに見ようね。
これからもっとたくさん出てくるはずだから」
「うん!」
今度は小さな声で光聖は頷いた。
蛍は丸く黄色い光を短く点滅させながら、次から次へと現れ、幻想的な世界を清蓮たちに見せていく。
それはまるで天に瞬く星々が地上まで降りてきて、清蓮たちの前で踊っているかのようだ。
「きれいだ…」
「きれいだね!」
二人はありきたりだが、偽りのない心でその美しさを讃えた。
暗闇に光る小さな星々は、清蓮と光聖を夢の世界へ誘った後、静かに闇に帰っていった。
二人はしばし、無言のままその余韻に浸っていた。
清蓮は用意していた提灯に灯を灯すと、満足げな表情で光聖に話しかける。
「光聖、どうだった?」
「うん、すごくきれいだった!すごくきれいだった‼︎清蓮と一緒に見れて良かった!すごく良かった‼︎」
光聖はそれはそれは嬉しそうに弾ける笑顔を清蓮に向ける。
提灯の仄かな灯りに照らされたその顔は、なんとも愛らしく、清蓮も自然と笑みがこぼれた。
「さぁ、光聖。もうあたりは真っ暗だ。帰ろう!」
「うん、帰ろう!」
二人はまた手を繋いで修練場に戻った。
いや、戻るはずだった…。
「清蓮、ここさっき通ったような気がする…」
光聖が心配そうな声で清蓮に話しかける。
「うん…。私もそう思う。通ったところに見える…」
清蓮と光聖は来た道を戻っていると思っていたが、歩けど歩けど修練場は見えてこない。
二人がおかしいと思った時には、彼らは完全に道に迷っていた。
「どうやら道に迷ったようだよ、光聖」
「うん…」
「大丈夫?」
「大丈夫だよ…。全然怖くない…」
光聖は清蓮の握っていた手をさらにぎゅっと握りしめた。
清蓮はこんなこともあろうかと用意していた狼煙《のろし》を上げた。
「これで大丈夫。きっとみんな気づいてくれる。それにさっきまで友泉と一緒だったんだ。もう私たちを探し始めてくれているかもしれない。私たちはそこで待っていよう」
清蓮はそう言って、提灯を掲げて目の前にある大きな切り株を示した。
それはたいそう大きな切り株で、中は空洞になっており、大人が数人入ってもまだ余裕があるほどの大きさだ。
「ここでみんなが来るのを待っていよう」
「うん…」
二人は切り株の中に入ると、中はがらんとしていた。
清蓮は切り株に寄りかかり、提灯を傍に置く。
「光聖、こっちにおいで」
「うん…」
光聖はさっきから「うん」と返事する以外ずっと無言だ。
清蓮はなにも言わなかったが、きっと光聖はこの夜の静寂が怖いのだろう。
遠くから獣の鳴き声や、風の音でびくっと体を震わせることがあったのだ。
清蓮は気づかないふりをしていたが、
口達者でも、やっぱり子供だな…
光聖が清蓮の横に座ると、清蓮は優しく光聖に尋ねる。
「光聖、怖くない?大丈夫?」
「怖くない!大丈夫‼︎」
声を張り上げて答えるが、光聖自身も気づかぬうちに清蓮の裾をぎゅっと握って離さないでいる。
まったく、負けず嫌いというか、いじっぱりというか…
清蓮は光聖の性格をわかっていた。
「光聖…。私はね、怖くてたまらないんだ。だからもう少し、こっちに来てくれないか?」
そう言って光聖を手招きすると、光聖は何も言わずに素直に青蓮に近づき、身を寄せた。
清蓮は光聖を優しく、しかしぎゅっと抱きしめる。
「ありがとう、光聖…」
「うん…」
二人は切り株の中から空を見上げると、星々がきらきらと輝き、その瞬きは清蓮たちを温かく見守っているようだ。
二人は抱き合ったまま、いつのまにか眠りについていた…。
光聖はゆっくりと目を覚ました。
清蓮は椅子に座って、体をこくりこくりと体が揺られるがままに深い眠りの中にいた。
光聖は寝台から身を起こし、清蓮のそばにいく。
「清蓮…」
小さな声で清蓮の名を呼ぶが、清蓮は気持ちよさそうに眠っていて起きる気配はなかった。
光聖はもう一度声をかけようとすると、
「君が…見たがっていた…蛍だよ…」
「…‼︎」
清蓮はどうやら夢を見ていて、さぞその夢は楽しい夢なのだろう。
寝言を言うその表情は、幸せそのものだ。
光聖は突っ立ったまま、呆然としていたが、清蓮を優しく抱き上げて、寝台に寝かせた。
光聖が清蓮から体を離そうとした時、清蓮はまた誰にも聞こえないくらいの声で寝言を言ったかと思うと、おもむろにそ光聖に抱きついた。
あまりにも強い力で引き寄せられた光聖はら清蓮と向かい合うようにして寝台に横たわることになった。
「清蓮…?」
光聖は清蓮に抱きしめられ身動きもとれず、なすがままになっていた。
違う。
光聖は離れたくなかったのだ。
清蓮は光聖の頭を包み込むようにして抱き、頬を擦り寄せながら、
「ありがとう…、光聖。君と一緒なら…怖くない…」
「うん…。君と一緒なら…怖くない…」
光聖は清蓮の胸に顔を埋め、清蓮に抱かれるまま、もう一度眠りに落ちた。
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