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第二話 勅命

国王夫妻と臣下の暗殺から一ヶ月後のある日、宮廷では清蓮の両親である国王夫妻と名凛の葬儀が営まれた。 この時国葬を執り仕切ったのは国王の弟・天楽であった。 本来国葬は国の慣習に則って、国王あるいは女王の逝去から半年後に行われるものであったが、今回に限っては、暗殺から一ヶ月という短い期間の後に行われため、国をあげての国葬ではあるものの、いささか簡素なものであった。 その日は一日中雨が降り、友安国の民だけでなく天も彼らの死を悼んでいるようだ。 突然の国王夫妻・名凛の逝去は事件から三日後に公となった。 その訃報はじわりじわりと国中に伝わり、友安国の民を大いに驚かせた。 知らせを聞いた者たちは続々と友安国の首都・安寿《あんじゅ》に押し寄せ、宮廷の城壁を囲むように集まっては、涙ながらに跪いて拝礼する者、その場で気を失ってしまう者、ただただ涙に咽び泣く者、静かに祈りを捧げる者など、それぞれがそれぞれの思いを胸に哀悼の意を表していた。 国葬が行われるまでの間、ごった返す人の群れは引くことのない波となって、宮廷に打ちつけ、いかに国王夫妻が民から敬愛されていたかが窺えた。 ただ彼らは知らなかった。 国王夫妻、名凛と臣下たちが暗殺されたということを。 国王夫妻暗殺について伏せたのは、天楽の一存ではなく、残された臣下と協議の上、宮廷への不信感や隣国への影響を考慮して下された決定であった。 民に知らされた彼らの死の経緯はこうだ。 国王一家が御幸の途中、険しい山道を通っていた時、一頭の護衛の馬が突然の雷に驚いて暴走し、挙句に国王夫妻を乗せた馬車に衝突した。 今回のように万が一のことがあっても巻き込まれないようにと、通常ならば馬車と馬車の間は十分な間隔が空いていたはずだったが、この日は途中から視界が悪くなるほどの激しい雨で、馬車と馬車の間隔が思っていたよりも近かったことが災いした。 驚いた馬たちは次々に暴れだし、清蓮と名凛が乗った馬車、追従していた臣下たちを乗せた馬車をも巻き込み、制御不能となった馬車は山道を外れ、運悪く馬車ごと転落したというのである。 その時清蓮は転落した勢いで大きく飛ばされてしまった。 雨が落ち着いて探し始めたが、緩んだ地盤が土砂崩れを起こし、ついぞその姿を見つけることはできなかった。 そのため清蓮はやむなく行方不明とされた。 これが宮廷が出した公式の見解であった。 友安国の民は心から皇太子・清蓮の無事を祈った。 皇太子だけでも無事に戻ってきてほしい。 誰もがそう願わずにはいられなかった。 国葬が行われた一週間後、やはり冷たい雨が降りしきる中、友泉は父親である剛安の葬儀に参列していた。 国王夫妻を最後まで守るべく清蓮と対峙したとされる剛安は、国王からの信頼も厚く、友安国の東南方面を管轄下に持つ将軍であり、北西方面を管轄下に持つ道連将軍と並ぶ、友安国の両翼であった。 武芸に秀でているのはもちろんだか、気さくな性格で部下からも慕われる友泉自慢の父親でもあった。 すでに母親は病気で亡くしていた友泉にとって、父親は大きな存在であった。 友泉は父との暖かい日々を思い返しては、溢れる涙は雨とともに地に落ちていった。 今友泉は愛する者を失い、彼の心はある一つの思いを除いてからっぽであった。 友泉はまとわりつく雨を払うように首を左右に振って、懐かしい思い出を遠くに押しのけ、苦々しいある日の出来事を自ら望んで思い起こした。 暗殺から数日後、友泉のもとに国王代理の天楽の遣いの者がやってきた。 友泉が急ぎ天楽の部屋に向かうと、廊下の先に一人男が立っているのが見えた。 友泉はその男の顔を見ると「兄さん」と声をかけ、安堵の表情を浮かべた。 男は友泉同じく武官であったが、その佇まいと身なりから、明らかに友泉より階級が上であることは明白であった。 兄さんと呼ばれた男は、友泉の兄ではなく、父・剛安の弟であり、右腕として副将軍を務める秋藤《しゅうとう》であった。 秋藤は友泉の叔父にあたるが、剛安とは十以上も年が離れていたため、友泉にとっては叔父というより、年の離れた兄のような存在であった。 秋藤は友泉よりほんの少し背が高く、すらりとした体躯をしていて、柔和な表情からは、武官らしい精悍さよりも、どちらかといえば琴を奏で、歌を詠む文人のようであった。 しかし、一度戦場に出れば容赦なく敵を切り捨て、死体の山を積み上げていくその様は、生前剛安をもってして「あいつだけは敵に回したくない」と言わしめたほどの腕前なのであった。 友泉は秋藤も天楽に呼ばれたのを知るとほっとした。 正直、一人で天楽を相手にするのは気が重かったのである。 たとえ清蓮と幼馴染で、天楽とも幾度となくやりとりをしていても、やはり清蓮と話をするのとは違うのである。 二人で天楽の部屋に入ると、天楽は机に向かい、国務大臣とやりとりしているところだった。 「それでは、早急に対処いたします」 国務大臣は天楽に伝え一礼し、友泉たちには黙礼しで部屋を出た。 天楽が二人の名を呼ぶと、友泉と秋藤は恭しく一礼した。 天楽は挨拶もそこそこに単刀直入に話を始めた。 その内容は剛安の長年の貢献と献身に対し、国葬に準じた葬儀を執り行うというものであった。 「天楽様。我が兄・剛安が国王夫妻、名凛様をお守りすることができなかったにもかかわらず、このような寛大なる計らいに、一族を代表して御礼申し上げます。しかしながら先ほども申し上げた通り、剛安は両陛下と名凛様をお守りするという役目を果たすことができませんでした。罰を与えられこそすれ、国葬に準ずる葬儀など畏れ多いことにございます。どうか賞賛ではなく、私どもに罰をお与えください」 秋藤は天楽の前で片膝をつき、頭を垂れて天楽の申し出を辞退した。 友泉も静かに頷き、秋藤の申し出に同意の意を示した。 「なにを申しておる、秋藤。私もあの場にいたが、剛安は最後まで私の兄や義姉、名凛を守ろうとしていた。清蓮と最後まで剣を交えて三人を守ろうとしていたのだ…」 天楽は一呼吸おいて、同じく跪く友泉に近づくと、 「お前たちがそう申すなら、無理強いはしない。罰を与えるつもりもない。ただ…」 そう言って押し黙った天楽に、友泉が困惑の目を向ける。 「天楽様?」 天楽は誰を見るでもなく、目は宙を彷徨っていたが、意を決して友泉に言葉を伝え始める。 「今回の件は…公には事故ということになっている。だが…、実際は違う。謀反だ。清蓮が謀反を起こし私の兄や義姉、名凛に手をかけたのだ。友泉、私の言わんとすることはわかるな?」 天楽はそっと友泉の肩に手を置いた。 置かれた手は少し震えていた。 友泉は天楽がなにを言おうとしているのか理解した。 「私がこれから言うことはお前にとっては辛いことだろう。だがお前も武官ならわかるはずだ。清蓮は謀反人だ。謀反人は…誰であろうと捕らえなければならない…。死をもって償わなければならない…」 天楽は剛安を最後まで国王夫妻を守ろうとしたその姿勢を評価し罪を問わないが、その代わりに清蓮を捕えてこいと言っているのだ。 友泉は聞きたくなかった。 その場から逃げ出したかった。 父親を殺され、愛する女を殺された。 そして彼らを殺したのは唯一無二の親友だった。 それでも、友泉は武官としての立場を忘れてはいなかった。 天楽は憐みと悲しみを顔に滲ませ、 「これも無理強いはしない。だがお前に任せたいと思っているのも事実だ…」 「私に…お任せください…天楽様。必ずや殿下…、謀反人・清蓮を捕らえて見せましょう!」 友泉は頭を垂れたまま一言力強く答えた。 天楽は友泉の肩を軽く叩き、改めて友泉に命を下した。 「よくぞ申した、友泉!生死は問わぬ。だが必ず私の前に謀反人・清蓮を連れてくるのだ!」 「御意!」 友泉の声が部屋に響き渡った。

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