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第三話 回廊
栄林は天楽の寝室を出ると隣の部屋に入って行った。
そこは天楽の私的な客を招く際に使われる応接間で、部屋の至る所に贅の限りを尽くした調度品が置かれている。
どれをとって見ても一級品で、その価値は計り知れないものであるにも関わらず、いずれも自己主張の激しいものばかりであったため、各々の美しさが相殺され、趣味の悪さだけが強調されていた。
その応接間には、壁一面を覆い尽くさんばかりの大きな縦長の絵が掛けられていた。
その絵は初代国王である安寿《あんじゅ》が国を統一する戦を描写したもので、代々国の統治者である国王あるいは女王の部屋に飾られるものであったが、天楽は兄の部屋に掛けてあったものを、わざわざ自分の部屋に運び飾ったのである。
栄林はその絵の前に来ると、絵の額の一角をそっと押すとゆっくりと扉が開いた。
それは重量はあるものの、女でも一人で開けることができる隠し扉であった。
栄林はその隠し扉からすぐに階段があり、その階段を降りると、王族だけが知る秘密の地下回廊が目の前に現れた。
栄林はこの地下回廊を通って誰に見られることなく自室に戻った。
この回廊は友安国の初代国王・安寿の代から三代目に渡って完成を見るまでの、長きにわたり、秘密裏に造られたものである。
その構造はあまりにも入り組んでいるため、大人でも迷子になってしまうほどだが、敵にこの秘密を知られるのを恐れた三代目の国王が、廊下が完成したのを期にすべての設計図を処分してしまった。
よってそれ以降の王族たちは、すべての道を自分の記憶にとどめておかなくてはならなくなってしまったのである。
小さな頃から王族はその回廊に行っては自分の記憶と実際を照らし合わせるのだが、その昔、年端もいかない王女が興味本位で回廊に入ったのはいいが極度の方向音痴もあって出られなくなってしまい、乳母の知らせを受けた国王自らが、王女を探し回るということがあった。
それ以来この回廊の存在は、成人に達した王族のみに伝えられることになった。
但し、例外として国王の信任を得た者、大抵は政に関わることのない、生まれた時から子供たちを世話をしている乳母であったが…、彼らにはその存在を知らされ、王族と同じようにすべての回廊を覚えることを命じられた。
当然、清蓮と明凛も成人した後、この回廊の存在を知った。
二人とも聡明なため比較的早くにすべての道順を覚えることができたが、それでも初めて二人だけで回廊に入った時は、なかなか戻って来ない二人を心配した乳母が、二人を探しに回廊に入って行ったことがあった。
しかしそれは杞憂でしかなかった。
乳母が二人を見つけた時、二人は熱心に壁を見つめ、なにやら話し込んでいたのであった。
二人は自分たちの記憶を頼りに回廊を歩いていたが、仄暗い回廊を歩いていると、ところどころ壁の一部がほころびが生じているのを見つけた。
それは一つだけではなく、至る所に見られたため、二人は老朽化した壁を見つけては目印をつけ、後で父である国王に報告しようと考えていたのだ。
そして壁を丁寧に見て回っているうちに、つい時間を忘れてしまったというわけだ。
その後二人の報告を受けた国王は、秘密裏に老朽化した壁の修復と、一部の回廊を改築したのである。
この改築の際、国王は清蓮と清蓮の乳母にだけその事実を伝えていたので、暗殺が起きた直後、嫌疑をかけられた清蓮が宮廷の外に脱することができたのも、乳母が機転を利かせて清蓮を逃がすことができたのも、二人がこの回廊を知り尽くしていたからに他ならない。
さもなくば、なにも知らない清蓮は乳母とともに自分の部屋で捕らえられ、今頃はこの世の人ではなかったかもしれないのだ。
栄林は自室の隠し扉を閉め、隣の部屋に行くと男が一人、長椅子に腰掛けていた。
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