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第七話 国王・清楽

桜が自らの美しさで我が世の春を謳歌する頃、栄香の父である国王・清楽《せいらく》は王妃や子供たちなどごく内輪の者を伴って、花見に行くことになった。 息子の清良《せいりょう》や天楽《てんらく》は外遊びができるとあって、興奮を抑えきれずはしゃぎ回っている。 この時清良は十二歳、天楽は九歳であった。 王妃も夫と過ごす時間が増えることをいたく喜び、今回の家族水入らずの外出を楽しみにしていた。 当日子供たちは朝から準備に余念がなく、出発を今か今かと心待ちしている。 そんな中、王妃が栄香がなかなか来ないことを心配すると、近侍が様子を見に伺うため立ち去ろうとした。 すると国王が近侍を呼び止めた。 「よい。私が未来の女王を迎えに行こう。他の者は先に行くがよい」 近侍はその場で一礼し、国王の指示に従う。 王妃は落ち着かない二人の子供たちを宥めながら国王に話しかける。 「あなた、よろしいのですか?しかもお一人で」 「あぁ、構わぬ。回廊を使えば一人でも問題ないだろう」 「えぇ、確かに……。それでは栄香をお願いしますわね、あなた」 「ああ。あとで合流しよう」 そう言うと、国王はただ一人、秘密の回廊を渡り歩いて栄香の部屋に向かった。 国王は護衛もつけず一人で宮廷内を歩くことはしない。 だが秘密の回廊なら一人での移動も問題ない。 国王が娘の名を呼びながら扉を軽く叩いた。 返事はない。 国王はゆっくり扉を開くと、隣の部屋で慌てた様子で身支度する栄香を垣間見た。 国王はしばらく隣の部屋から栄香の様子を見ていたが、もう一度扉を叩くと、栄香が振り返った。 「まあ、お父様、お珍しい!お一人で来られるなんて!」 栄香は驚いた。 国王は栄香の部屋を訪ねる際は必ず王妃や兄弟、あるいは近侍を伴っているのが常であり、国王が一人で尋ねてくるのは初めてだったからである。 だが栄林は笑顔で温かく父親である国王を迎え入れた。 国王が部屋を見渡すと、栄香は一人で出発の準備をしていたようで、あちこちに物が散乱してたいた。 「ごめんなさい、お父様。乳母が急に体調を崩してしまって。成人の儀の準備で疲れがたまっていたみたい。あと少しで終わりますから」 着替えを終え、軽く化粧を施した栄香は清楚でありながら、少女から大人に成長する過程で見られる、ほんのりとした色香も感じさせる娘であった。 「乳母は、侍女たちはどうしたのだ?」 「侍女の一人はたまたま実家に里帰りしていたり、乳母と同じように体調を崩した者もいたり…。残っていた侍女に大体のことはやってもらったのですけど。彼女には私から乳母に付き添うようお願いしましたの。乳母になにかあっては大変ですもの。それにしてもまったく、今日に限ってこんなことになって……」 「そうであったか。それは乳母たちが心配だな。すぐに良くなればよいが」 「えぇ、ほんとに……。これを挿したら終わりですから、もう少しお待ちになってね、お父様」 栄香は鏡の前に立ち、仕上げに髪に簪《かんざし》を挿そうすると、国王がそっとその簪を取りあげ、自らの手で栄香の髪に簪を挿す。 「美しく成長したな…栄香。成人の儀でもそれは美しかった。私の自慢の娘よ……」 国王は鏡に映る栄香に優しく話しかけた。 しばらくすると国王は一人で宮廷から出てきて、馬車に乗り込んだ。 近侍が迎えに行ったはずの栄香がいないことに気づくが、国王は予想していたのだろう、近侍には簡潔に理由を伝えた。 「栄香は具合が悪いそうだ。乳母たちに面倒を任せてきた」 それは心配にございますねと言う近侍の声に、国王は無言で頷いた。 それ以来、栄香は度々体調を崩すことが多くなった。 栄香は春以降、体調を崩すことが多くなり、自室に引きこもることが多くなった。 みなの者が栄香を心配した。 国王は殊の外心配し、国王専属の医師を遣わすよう提案したが、成人の儀での準備と緊張感で疲れがたまっただけと、栄香は国王の提案をやんわりと断った。 その代わりにと栄香は国王に願い出て、しばらくの間離宮で静養することになった。 離宮には栄香に近しい者だけが移り住み、彼女の療養生活を支えた。 時間をつくっては国王をはじめ、王妃や弟たちが足しげく見舞いに行った。 彼らが訪ねる度、なぜか栄香はいつも寝台に横たわっていたが、栄香は思いの外顔色も良く、みなは安心して宮廷に帰って行くのであった。 だが、その後も栄香の体調は回復するには至らず、一人宮廷を離れ、離宮での生活が続いた。 みなは栄香の不在を寂しがり、国王は頻繁使いをやっては栄香の様子をこと細かに尋ねた。 二人の弟はいつも優しい姉がいないとあって特段寂しがった。 だが不思議なもので、時が経つにつれ栄香の様子を気にしつつも、みな栄香のいない生活に慣れていった。 栄香の存在が少しずつ薄れていくかと思われた時、宮廷内に衝撃が走った。 離宮での静養を始めた翌年の夏、栄香はあっけなく流行り病で亡くなってしまのだ。 享年十七歳であった。 ……これが世に広く知れ渡っている話である。

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