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第十二話 無垢の悪意

乳母と医官はこれからのことを話し合った。 栄香も交えて話をすべきだとは思ったものの、今の栄香には負担が大きいだろうと考えた。 医官から国王夫妻に、栄香が体調が優れないことを伝え、静かな離宮での静養を進言した。 医官は成人の儀を取り巻く行事で疲労が重なったのだろうと最もらしく説明した。 なにも知らない国王夫妻は医官の進言を疑うこともなかった。 出産前、栄香の懐妊を知らない国王夫妻が弟の清良《せいりょう》と天楽《てんらく》を伴い、見舞いに来た。 この時栄香は寝台に半身を起こしていたが、膨らんだ腹が見えないようにうまい具合に掛け物で覆い隠していた。 半刻ほど過ごした後、国王夫妻と弟たちは栄香に別れを告げ、部屋を出ようとした。 みな扉に向かって歩いていたが、一人天楽が栄香の方に駆け寄った。 「父上、母上、先に行ってて。僕、お姉様と少しお話ししたいんだ」 栄香は駆け寄る天楽の頭を優しく撫でる。 「天楽、すぐに来るのですよ。お姉様は疲れているんですからね」 王妃が声をかけると、「すぐに終わるから!外で待ってて、母上!」 天楽は王妃の問いかけに明るく応じた。 栄香はそばにいた乳母も一旦下がらせると、天楽と二人きりになった。 「天楽、どうしたの?なにか私に聞きたいことでもあるの?」 栄香は優しい姉らしく、柔和な笑顔を弟に向ける。 「うん。ずっと聞きたかったことがあるんだ」 天楽の頬は少し上気し、ほんのり薄紅色になっており、目には少なからず好奇の波が揺らいでいる。 「お姉様……。気持ち良かった?」 「えっ……⁈」 「教えてよ、気持ち良かった?お父様が言ってたでしょ!おまえも気持ちいいだろう、嬉しいだろうって‼︎」  「……‼︎」 栄香は天楽の予想だにしない発言に心臓が一瞬止まったように思えた。 栄香ははじめ天楽がなにを言っているのかわからなかった。 頭の中で何度も天楽の言葉が浮遊しては消えていった。 国王に陵辱された時、栄香はこれ以上恐ろしいことはないと思っていた。 あれ以上悪いことは起こらないと思っていた。 まさかこんなところに、無垢の悪意が栄香の前に転がり込んでくるとは思いもよらなかった。 「天楽……、あなたは一体なにを……?」 栄香は弱々しい声でそう言うだけで精一杯だ。 天楽は悪びれる様子もなく、自らの好奇心を満たすべく答える。 「僕、見たんだ。父上が秘密の回廊を使ってお姉様の部屋に入っていくのを。そしたら父上がお姉様に覆い被さって、『いいだろう?気持ちいいだろう?』って言うのが聞こえたんだ。でもお姉様はなにも言わなかったから……。だからね、今度お姉様に会ったら聞いてみようと思ったんだ!」 時折眠れない時、国王夫妻の寝所に行き、川の字になって眠ることもあった。 その夜も国王夫妻の間に挟まれて休んでいたが、天楽はふと小さな物音で目を覚ました。 ちょうど国王が秘密の扉を開け、どこかに向かおうとしているところだったのだ。 天楽は眠い目を擦りながらも、一体どこに行くのだろうと、後をつけていった先に見たのが国王の痴態というわけだ。 幸運というべきか、天楽は薄暗い部屋で行われた蛮行の意味するところを理解してはいない。 ことの重大さもわかってはいない。 たが知りたかったのだ。 父親が言った言葉の意味を。 ただ聞いてみたかったのだ。  栄香がどう感じたのかを。 栄香は天楽の純粋な好奇心に打ちひしがれながらも、天楽に尋ねた。 「天楽……。あなたがなにを見たのか知らないけれど……。このことを……、誰かに話したりした?」 天楽は栄香の様子が先程と違っているのに気づいた。 自分が悪いことを言ったのではないかと心配になったのだ。 「お姉様、大丈夫?」 姉を思う天楽は、あくまで九つの年端のいかない男の子なのだ。 「えぇ、私は……大丈夫よ。それより教えて、天楽。このことを誰かに話した?」 すると天楽はなんの躊躇いもなく、 「父上が知ってるよ!僕、回廊で迷っちゃって……。父上に見つかったんだ。それでね、父上に言われたんだ」 栄香は発狂しそうになった。 どこまで辱めを受ければ許してもらえるのだろう。 天楽の好奇心は貪欲さも相まって、栄香の心を切り刻んでいく。 だが、栄香は聞かねばならなかった。 子を守るために。 「天楽……。お父様になんて言われたの?」 天楽は溌剌とした様子で言った。 「父上はね、このことは誰にも言ってはいけないよって。三人だけの秘密だよって。あとね、大きくなったらおまえもわかる時が来るって!その時は三人で楽しもうって‼︎」 天楽は栄香に向かって笑顔を見せた。 それはいつも見せる笑顔であったが、栄香には全く別のものに見えた。 国王が栄香に見せた、あの時のあの笑顔……。 獣が笑ったような……。 「ねぇ、だから教えてよ!お姉様、気持ちよかった?」

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