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第十三話 離別

栄香は無事に子を産んだ。 栄香によく似た、愛くるしい女子であった。 栄香は父である国王との間にできた子など恐ろしいだけで愛せるはずもないと思っていた。 だがその無邪気な姿、ただひたすらに自分を求める赤子を見ていると、陵辱の末に生まれた子であったが、我が身は呪っても子を呪うことなどできるはずもなかった。 栄香の胸に込み上げてくるのは赤子への惜しみない愛だった。 栄香が慣れない手つきで赤子をあやしていると、乳母と医官が栄香のもとにやって来た。 栄香は二人の顔を見ると、思わず身構えた。 栄香は二人がなにを言おうとしているのかがわかったからだ。 子を産む前からこの日が来ることはわかっていた。 それでも栄香は二人から聞きたくなかった。 この日が来なければいいと思っていた。 母親の静かな不安が伝わったのだろう、赤子は小さな手で栄香の衣をひしと掴み、言葉にならない産声で小さく抗議する。 離さないで! 離さないで‼︎ 栄香は赤子の額にそっと口づけをすると、慈愛の眼差しで赤子に話しかける。 「大丈夫。大丈夫よ。あなたはなにも心配しなくていいのよ。なにも怖いことは起こらないから」 栄香は医官と乳母の言葉を黙って聞いていた。 乳母と医官は、このまま子の存在を隠し育てることは不可能だと考えた。 いつまでも隠しておけるものではない。 栄香には気の毒だが、二人の安全のためには、母子別々の人生を歩むしかない。 乳母と医官が話したのはそういうことだった。 栄香は静かに二人の話に耳を傾けていたが、自らの感情を抑えることができなくなったのだろう。 憚ることなく涙を流し始めた。 国王たちの目を盗んで子を育てることなどできるはずもない。 栄香はどうすることもできないことだとわかっていても、赤子との別れは筆舌に尽くし難いものだ。 栄香の苦しむ様を見続けてきた乳母は、栄香の手を握り、自分の娘に語りかけるように話す。 「栄香様、お辛いでしょう。私どももこのようなことを申し上げなければならないこと、本当に心苦しいばかりでございます。ですが、この子のためでございます。国王陛下に知られては、生きていることさえできないでしょう。ですが、私ども一族にお任せしていただければ、栄香様のお子を守ることができます。どうかお子様の安全のために、ご決断ください」 乳母と医官は深々と一礼し、栄香の決断を待つ。 栄香は赤子をさらにぎゅっと抱きしめ、とんとんと背中を優しくたたく。 すると赤子は安心したのだろう。 先程とは打って変わり、気持ちよさそうに目を細め栄香に身を委ねる。 栄香は赤子の甘い香りを嗅ぐと、なんとも言えない幸せな気持ちになった。 どうか…… どうか…… 幸せになって…… 栄香は乳母と医官に静かに言葉をかける。 声は震えているが、それでも栄香の言葉に迷いは見られなかった。 「わかったわ……。この子を幸せにしてやって。この子はなにも悪くないの。ただ……この世に、私のもとに生まれてきただけなのよ……」 栄香はそう言うと、もう一度赤子の額にそっと唇を押し当てる。 その時ふわりと赤子の香りが栄香を優しく包んだ。 栄香は赤子から香る甘い香りを、その肌の柔らかさを、自分を見つめる愛くるしい眼差しを、笑顔を、泣き顔を、決して忘れることはなかった。 赤子を手放した栄香は難産だったこともあり、体調が思うように回復せず、流行病を患うと、あっけなく亡くなってしまった。 子を産んで数ヶ月後のことであった。 栄香は生前、子に対しはその不憫さを詫び、せめてもの幸せを願うとともに、実の父である国王に対する恐怖と憎悪を胸に死んでいったのである。 栄香の死は衝撃をもって宮廷に伝わった。 訃報を聞いた王妃は気を失い、国王は顔面蒼白となった。 弟たちも、優しい姉が突然いなくなったことを理解できず、ただただ泣きじゃくるばかりであった。 こうして友安国は未来の女王を失ったのである。 栄香の葬儀は、継承順位第一位であるにも関わらず、流行病での逝去ということもありごく限られた者だけが参列し、後日、国を挙げての葬儀が行われたのである。 その後、生前仕えていた乳母や侍女たち、医官もみな暇を出され、栄香に近しい者はみな宮廷を去って行った。

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