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第十六話 勅命の後

天楽の勅命を受けた友泉《ゆうせん》と秋藤《しゅうとう》は新国王となる天楽《てんらく》に恭しく一礼し、揃って部屋を後にした。 二人はしばし無言で宮廷の一画にある部屋に向かう。 向かう先はかつて剛安が宮廷に詰めている時に使用していた部屋で、いまは副将軍である秋藤が将軍代理として使用していた。 あと少しで詰所に辿り着こうとしていた時、一人の男が友泉たちの方に歩いてくるのが見えた。 服装からして文官であることは間違いない。 男は二人に向かって軽く一礼する。 秋藤は何も言わずに頷いて応じる。 友泉も秋藤に倣い、男の一礼に応じた。 秋藤と友泉が男のそばを通り過ぎようとした時、秋藤は自分を見る男の視線に気づいた。 秋藤は立ち止まり、静かに振り返り、歩いて行く男の姿を見ていた。 「兄さん、どうした?いまの人、知ってるのか?」 秋藤は男の顔を知っていた。 男は国務大臣に仕える文官で、秋藤は何度か顔を合わせたことがあったからだ。 秋藤は友泉の方に向き直り、試すような物言いで尋ねた。 「友泉、私と一緒に国務大臣の話を聞くか?」 「国務大臣?なぜだ?」 友泉はなぜ秋藤が急にそんなことを聞いてきたのかさっぱりわからない。 ただ心は正直なもので、うんざりだとばかりに首を横に振る。 「兄さん!俺があの爺さん苦手なこと知ってるだろ?」 「あぁ、だから聞いたんだよ。お前の苦虫潰したような顔が見たくてな」 秋藤は友泉が国務大臣を毛嫌いしていることを知っていた。 国務大臣はことあるごとに清蓮と友泉を呼びつけては諭していたからだ。 清蓮には皇太子としてあるべき姿とは、友泉には武官としてあるべき姿とは、といったことを切々と語るのだ。 国務大臣はあくまで二人のことを思っての親切心で言っているのであり、清蓮はその言葉一つ一つを丁寧に心に刻んでいたが、友泉からすれば「あれは爺さんの暇つぶしだろ。ただ俺たちに説教したいだけなんだよ」と言って憚らず、しばし清蓮を苦笑させた。 友泉からすれば国務大臣であろうと誰であろうと、そもそも説教など聞きたくもないのである。 秋藤はそれを承知の上で聞いたのだ。 「なんだよそれ!ただの嫌がらせじゃないか!」 「ふふ。悪く思うなよ、友泉」 秋藤は静かに笑いながら友泉の肩を軽く叩いた。 秋藤は加えて先ほどの男は国務大臣に仕える文官の一人で、それとなしに目配せして国務大臣が我らに話があると伝えてきたのだと言った。 「それならそうと言ってくれよ!ったく!兄さんはいつもそうやって俺をからかうんだからな」 友泉はぎこちないながらも秋藤に笑い返した。 友泉はふっと肩の力が抜け、ほんの少し明るい気持ちになった。 他愛のない話をしたのはいつぶりだろう…… もう長いこと笑っていなかった…… 失意のうちにあった友泉は、漆黒の闇の中で一人のたうち回っていた。 闇に呑み込まれそうになりながらもなんとか正気を保っていられたのは、叔父である秋藤がいつもと変わらぬ様子で友泉を見守ってくれたからだ。 秋藤も兄を失って苦しいだろうに、それを友泉には見せず、武人として泰然と構えている。 友泉は秋藤がそばにいてくれてよかったと心から感謝した。 「それで友泉。どうする?国務大臣のところに行くか?お前はどうしたい?」 国務大臣が人目を忍んで二人に会いたいと言うのには、少なからずなにかあるのだろう。 だとすれば、友泉の答えはただ一つ。 「行こう、兄さん!国務大臣の話を聞こうじゃないか!」

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