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第十九話 梅光庵

友泉は宮廷を出立した三日後、温蘭《おんらん》に程近い深慶《しんけい》と呼ばれる村の集落にたどり着いた。 友泉は村に入る前、馬から降りると手綱を引いて歩き始めた。 友泉に随行してきた秋藤の部下たちも友泉にそれに倣う。 このあたりの地域は温蘭とさほど離れてはいないにもかかわらず、閉鎖的で、容易に他者を受け入れないことを友泉は知っていた。 のどかな田園風景に似つかわしくない男たちが突然現れたとしたら、村人たちは否応なしに警戒する。 たとえ役人だろうが、武人だろうがよそ者はよそ者。 馬上から見下ろしたりすれば、それは威圧的な態度と思われ、ますますやりづらくなる。 村人を警戒ないための、友泉なりの配慮だった。 そしてなぜ村人を警戒させるとやりづらくなるのかといえば、集落の少し先にあるニ峰山《にほうさん》の中腹に友泉が目指す梅勝寺があり、この二峰山に入山するためには集落の長老の許可がいるからだ。 友泉は畑仕事をしている男に声をかけ、長老に住む家を教えてもらうと、丁寧に礼を述べた。 長老の家を訪ねると、思いのほか容易に入山の許可をもらうことができた。 おそらく寺の者があらかじめ言伝していたのか、長老は友泉が訪ねてきた時も驚く様子もなく、快く承諾したのだった。 長老の家にある厩舎に馬を預けた友泉らは歩いて二峰山へ向かった。 二峰山は決して高い山ではないが、中腹にある梅勝寺にたどり着くためには八百十七段の石段を登っていかなければならず、それが一つの修業ともなっている。 友泉らは普段の鍛錬の賜物だろう、労せずしてし梅勝寺に着くことができた。 友泉が最後の石段を登りきると、一人の尼僧が門の前で立っていた。 「お待ちしておりました、友泉様。どうぞこちらへ。その他の方達は後ろにおります者がご案内いたします」 尼僧がそう言うと、友泉と行動をともにしている秋藤の部下たちが振り返ると、別の尼僧がいつの間にか彼らの後ろに立っていた。 おいおい、まったく気配がしなかったぞ…… 結界も張られてるし…… 友泉はおくびにも出さなかったが、内心ある既視感を感じていた。 太刀渡家に行った時の、なんとも言えないあの感覚…… ここで感じる《それ》は太刀渡家とは異なるものの、異質という意味では同じであった。 「あのじいさん、ほんと食えないな……」 友泉はその場にいない国務大臣に文句を言った。 友泉は秋藤の部下と別れ、一人梅勝寺の一角にある梅光庵と呼ばれる小さな庵に案内された。 こじんまりとした居間に通された友泉は、椅子に座ってお待ちくださいと尼僧に言われ、その指示に従った。 友泉を案内した尼僧は茶と茶受けに胡桃をのせた小皿を差し出すと、その場を辞した。 友泉はそれらに手をつけず、待っていた。 いったい誰を待っているのかわからなかったが、とにかく待っていた。 しかし半時経っても誰も来ない。 行儀良く待っていた友泉ではあったが、待ちくたびれた挙句にいつもの癖で卓に足をのせ、胡桃を頬張りながら冷めた茶でそれを流し込んだ。 食べた胡桃も、飲み干した冷めた茶も、友泉にはどこか懐かしい。 この胡桃……、このお茶も知ってる味だ…… 宮廷で…… 清蓮と…… 友泉は記憶を辿っていると、突然ぱしりと足を叩かれた。 「いたっ!」 友泉は叩かれた足を摩りながら、思わずある名を口にした。 「痛いじゃないか、梅雪《ばいせつ》!」 友泉ははっとなって摩っていた手を止め、顔を上げた。 「まったく、どうしてこうもお行儀が悪いのでございましょうね!あれだけ卓の上に足を置くなと言ったのに!お忘れですか!」 友泉の目は大きく見開き、驚きとともに嬉しさが込み上げてくる。 「梅雪!梅雪‼︎」 友泉はもう一度清蓮の乳母の名を呼ぶと、卓にのせた足を降ろして立ち上がった。 友泉の目の前には懐かしい顔があった。 「相変わらずでございますね。友泉様」 温かな笑顔を友泉に見せると、梅雪は深々と一礼した。

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