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第二十二話 あの時の女

清蓮の懐刀……! 皇位継承者の証、唯一無二の懐刀‼︎ 友泉は以前、清蓮が父親から譲り受けた懐刀を見せてくれたことを思い出した。 その鞘には大小さまざまな天然石が埋め込まれていて、華美な装飾を好まない清蓮でも、その懐刀の繊細な細工と天然石の相まる美しさは、いたく気に入っており、いつもその身に忍ばせていた。 友泉は思わず前のめりになって、梅雪に尋ねる。 「でもそれがなんでここにあるんだ?誰かが清蓮の懐刀を奪ったとでも言うのか⁈」 清蓮本人が持っていれば、装飾品の一部が人手に渡ることなどあり得ない! 「それが、ここに来た女たちがそれぞれ持っていまして……。あと、この一帯の集落でも、何人かの者が持っておりました」 「はぁ⁈」 友泉はいよいよ頭が混乱してくる。 「はい。友泉様が驚くのも当然でございます。順を追ってご説明いたしましょう」 梅雪は少しお待ちくださいませと言って、一度部屋を出ていった。 友泉はふうっと大きく息を吐いて、天井を見上げた。 石っころがなんだっていうんだ 女たちだの、集落の者だの…… 俺にはさっぱりわからない! 頭の悪い俺には全然わからない‼︎ 「あー、兄さんが一緒にいてくれたらなぁ!俺に代わって話を聞いてくれよぉ!」 友泉はここにいない秋藤に向かってぼやいた。 しばらくすると、梅雪は一人の女を伴って戻ってきた。 女は友泉に一礼する。 梅雪に促され、見るからにおとなしそうな女はか細い声でこう述べだ。 「私は以前皇太子・清蓮様に命を救っていただいた者にございます。成人の儀で……、町中で……。二度助けていただきました」 「あっ!お前、もしかして……、あの時の……。成人の儀で舞台に上がった、あの幼子の母親か⁈」 女は静かに頷いた。 女は清蓮に救われた後、行くあてもなく一縷の望みを託して、この梅光寺に身を寄せたのだ。 「はい……。その通りでございます」 友泉は女と梅雪の顔を交互に見のがら、どちらになにを言うべきか迷っていた。 二人のどちらにも聞きたかった。 これは一体なんなんだと…… 友泉のこわばる表情を見て、梅雪は兎にも角にも説明せねばと女に代わって話し始めた。 梅雪が言うところでは、女は成人の儀の騒動がきっかけで夫に離縁され、遊郭に売られそうになったところを清蓮に助けてもらったと。 女を助けた清蓮自身は女の身代わりとして温蘭に連れて行かれた。 梅雪がそう説明すると、女は袖口からある物を取り出し、それをそっと卓の上に置いた。 「清蓮様が売春宿の仲介役に連れて行かれる時、すれ違い様に私の袖口に何かを入れました。私は清蓮様の姿が見えなくなった後、袖の中を確認しました。すると、この翡翠が入っていたんです!」 友泉が見たその翡翠は、琅玕《ろうかん》と呼ばれる最高級の翡翠であった。 友泉には天然石の価値などわかるはずもなかったが、それでも目の前にある翡翠は格別に美しかった。 友泉は女に問いただした。 「この翡翠を渡したのは、間違いなく清蓮だったんだな?見間違いではないんだな?」 「間違いございません、友泉様。成人の儀でお声をかけていただいた時、そのお顔をしかと目に焼き付けておりました。あんなに美しい方はそうはおりませんもの。ただ町中で偶然お会いするとは夢にも思ってもいなかったので……。助けていただいたにも関わらず、私は驚きのあまり、なにも言えませんでした……」 女は一度ぎゅっと両手を握りしめると、友泉を真正面から見た。 女の目には揺るぎない確信ともいうべき力強さがあった。 「ですが、この目に間違いはございません。この翡翠を下さったのは清蓮様です!」

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