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第二十三話 梅雪の願い

一通り梅雪から話を聞いた友泉は卓の上に並べられた天然石を一つとって、じっと眺めていた。 梅雪は友泉が口を開くのを待っていた。 なぜなら友泉が顔をしかめているなど見たことがなかったからだ。 友泉が眉間に皺を寄せるなんて…… きっと考えてらっしゃるんだわ、これからどうすべきか…… どうしたら清蓮様を助けられるか…… だが梅雪は見誤っていた。 友泉は実のところ、なにも考えてはいなかった。 友泉は決して馬鹿ではないが、熟考するより先に体が勝手に動いてしまうたちなのだ。 直感と行動力、そして自分の目で見たものを信じる。 それが友泉の良さでもあった。 友泉はようやく、そう言えばと言って梅雪に声をかけた。 「梅雪、聞きたかったんだ。お前……、一体どうやってここまで来たんだ?宮廷からここまで来るのに数日かかるだろう?女一人でどうやって来たんだ?」 梅雪はなんと答えていいのやらと、困った顔をしながらも友泉の問いかけにこう答えた。 「私も記憶が定かではないのですが。あのお方が……、白神様が私の傷を治してくださった後、私は急に眠くなって、気がつくとこの尼寺の一室で横になっていたんです。聞いたところによると、寺の者が門前で倒れている私を発見したというのです。きっとあのお方がここまで運んでくださったとしか……」 「そうか……」 今まで散々不可思議なできごとを聞いてきた友泉は信じ難い話とは思っても、もう驚かなくなっていた。 「わかった。梅雪、これで最後だ。この尼寺とお前はなにか縁があるのか?なぜ国務大臣はお前がここにいることを知ってたんだ?」 友泉はもし白神様とやらが梅雪をここに運んだのなら、それなりの理由があるのではないかと思ったのだ。 それはともすると友泉の考え過ぎで、この尼寺は駆け込み寺として有名であったため、梅雪を逃すために門前まで運んだだけなのかもしれないが。 違うな…… 白神様とやらが成人の儀で清蓮を助けた男であるなら、梅雪を助けたのも、ここに運んだのも、偶然ではない! 「友泉様。私はこの梅光寺の庵主《あんじゅ》とは昔からのご縁がございまして……。私が侍女として宮廷で働き始めた頃、その方も宮廷ですでに侍女をされていて、右も左も分からない私にいろいろと教えてくださったのです。その方は暇を出された後、出家し、今は庵主としてこの尼寺を取り仕切っていらっしゃいます。そしてその庵主ですが、宮廷で働いていた時、国務大臣と恋仲だったと……。身を焦がすようなた恋だったと……。本当のところは分かりません。あくまで、噂でございましたので……」 梅雪は友泉のぎょっとした顔に吹き出しそうになったが、軽く咳払いをして、まじめを装って話を続けた。 「真意はともかく、庵主と国務大臣との縁は疎遠となっておりましたが、ここ数ヶ月体調を崩された庵主は人づてに国務大臣に文を送り、それがきっかけで文での交流が始まったそうです。きっとその文の中に私がここにいることを国務大臣に伝えてくださったのです」 「なるほどな……」 友泉は短い時間の間に、何度も驚愕し、そして人の縁の奥深さと奇妙さを感じていた。 だが友泉が一番に驚いたのは梅雪の読み通り、 あのじいさんにそんな過去があったなんて! ということだった。 聞きたくない、聞きたくない! じいさんの若かりし頃の色恋なんて聞きたくなかったよ、俺は! 友泉の苦虫潰したような表情を見た梅雪は、それ以上国務大臣のことは言わず、話題を変えた。 「友泉様。これから清蓮様をお探しになるのですか?」 友泉は迷うことなく、 「温蘭に行って、清蓮が売られたっていう宿に行ってみる」 それを聞いた梅雪は、一瞬少し躊躇うような顔をした。 その刹那を友泉は見逃さなかった。 「どうした、梅雪?」 「あの……友泉様。清蓮様を信じていらっしゃいますよね?清蓮様がそんなことするはずないって。国王夫妻や名凛様、あなたのお父様の、剛安将軍を殺しただなんて……。思ってらっしゃらないですよね?」 友泉の人好きのする爽やかな表情から一転、陰鬱な影が友泉を支配する。 友泉は言葉に窮した。 梅雪の言う通り、清蓮はそんなことをする人間ではない。 そんなことをする理由もない。 だが人はなにがきっかけで変わるかわからない。 たった一つのできごとで、たった一言で、全てが変わってしまうことがあるのだ。 良かれと思ってしたことが予期せぬ結果をもたらし、それを面と向かって、お前は間違っていたと否定されたら、怒りの衝動に身を任せ、取り返しのつかない暴挙に及ぶことだってあるかもしれない。 友泉は梅雪を安心させてやりたかった。 だが、嘘をつくのも嫌だった。 「梅雪。俺は次の国王になられる天楽様の、謀反人・清蓮を捕らえよという勅命を受けたのだ。それは果たさなければならない」 「友泉様っ⁈」 梅雪の顔は魔物に命を吸い取られたように一瞬で生気を失う。 「梅雪。俺はあいつに会って、あいつの口から聞きたいと思ってる。本当に殺したのかって……。お前の両親や名凛……、俺の親父を殺したのかって!もしそうだとしたら……、俺はあいつを斬るだけだ‼︎」 梅雪はわなわなと震えだし、嗚咽を漏らした。 友泉は梅雪に言ってやりたかった。 俺はあいつを信じてる…… 清蓮と二人で迎えに来るから、それまで待ってろと…… そう言ってやりたかった。 笑顔でまたなと言って別れたかった…… なぜそれができないのか…… 「国務大臣からの伝言だ。ことが落ち着くまで、ここにいて庵主の世話をしてやってくれとのことだ」 梅雪は俯いたまま、承知いたしましたと、か細い声で答えるのが精一杯だ。 友泉は無言で頷くと、卓の上に並べられた天然石を巾着に入れ懐にしまうと、うなだれている梅雪に礼儀正しく一礼し部屋を後にした。

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