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第二十五話 道化者の告白
友泉は売春宿を出た後、夕方には温蘭からそう遠くない剣山に着いた。
うっそうとした森の中に突如として現れた巨大な穴は、友泉が想像したものとは違った。
友泉は女たちがそこかしこに怨念が渦巻いているのではないかと思っていたのだ。
そういった陰の気はしないまでも、それでもなお得体の知れない薄気味悪さを感じずにはいられなかった。
間違いなく深淵に飲みこまれたら最後、再び這い上がってくることは不可能。
この巨大な穴に女たちは捨てられるというのか……
あいつら、ひどいことしやがる!
清蓮のことさえなければ、とっくに捕まえてやるのに‼︎
友泉は哀れな女たちへの同情と男たちへの怒りを禁じ得なかった。
友泉が剣山というなの巨大な闇に向けて黙礼していると、秋藤の部下の一人が友泉に声をかける。
「友泉、こっちに来てくれ。見てもらいたいものがある」
友泉は将軍の息子であり、一武官として父親の背中を見続けてきた。
当然のことながら秋藤の部下とも昔から交流があり、今回同行した者もみな、友泉が子供の頃から知る者たちだ。
友泉に声をかけた者も秋藤の副官として仕え、信頼も厚い武官だった。
すでに太陽はとうに今日という日に別れを告げ、薄い闇があたり一体を包もうとしている。
友泉は提灯を掲げながら、巨大な穴沿いに歩いてその武官もとへ向かうと、提灯に照らされた薄明かりから異様な光景が広がっているのが見えた。
一人の男がいた。
しかしその男はなぜか体が地中に埋まっており、かろうじて首から上だけが出ている状態であった。
そのほかにも胴体やら首やらが切り離された複数人の遺体が地面に転がっているのが見えた。
「一体これはどういうことだ⁈なにがあったんだ⁈」
友泉の問いに答えられるものは誰もいない。
ただ地中に埋まっている男は目を輝かせながら、なにやら一人喋っている。
その口調は芝居がかかったような、聞く者を容易に不快にするだけの力があった。
「謀反人、反逆者、逃亡者、国に仇なす愚か者・清蓮!我らが麗しき皇太子・清蓮様!申し遅れましたが、私は道連将軍の配下の者で、忠孝《ちゅうこう》と申します!殿下……、ずいぶん沙汰をしておりましたが……、私を覚えていらっしゃいますか⁈」
「……‼︎」
友泉が驚愕の表情で秋藤の副官を見ると、副官は大きく頷く。
「この者は確かに道連将軍の配下の者です。以前、剛安将軍と道連将軍との会合で、末端に名を連ねていたのを覚えています」
「だが、どうして地中に埋まっているんだ?一体誰がこんなことを?それにこの遺体は……」
まさか、清蓮⁈
それとも例の男がしたのか⁈
秋藤の副官は呆れながらも唯一の手がかりである忠孝を指差した。
「この男に聞いてみるしかない。一人で勝手に喋っているだけで、まともな返事が得られるか分からないが……」
忠孝は友泉と秋藤の副官が話している間も、ぶつぶつと独り言を言っていたが、秋藤の部下たちが土を掘り起こされると、ようやく地表に出ることができた。
どのくらい土に埋もれていたのか定かではないが、手足は小枝のように細く、萎びており、自らの体を支えて立つことはできなかった。
忠孝は横たわったまま、正気と狂気の間を行ったり来たりしている。
「今宵は一段と美しいお姿で。いひひ……!月もあなたの美しさに嫉妬して……、嫉妬して……、いひょひょ!しまうでしょうに!いひょひょひょひょ……‼︎」
友泉は果たして話が通じるものか怪しいと思いながらも、この男から少しでも清蓮に繋がるなにかを聞き出したかった。
「おい、お前ここで清蓮を見たのか?」
「謀反人・清蓮!麗しき皇太子・清蓮様!私たちを一瞬で気絶させて……、どぅふふ、いひゃひゃ……!わたしがー、めをさましたらー、あひょ!たいへんだぁ!たーすけぇーた女にさーさーれーてー!えいっ!さされた!さされたぁー!いててててぇー!あなっ、あなっ、あなっ!けつのあなっーに落っこちー‼︎けつのあな、けっつのあなー!あひゃひゃ、こりゃまぁー、愉快‼︎痛快‼︎」
忠孝は時折訳のわからない奇声を発しても、質問に答えるだけの余力はまだ残っているようだ。
「女に刺されて……、穴に落ちたというのか⁈お前の言っているのはそういうことか?ほんとに清蓮は穴に落ちたのか⁈」
忠孝なにかに憑かれたような異質の笑みを浮かべる。
「申し遅れましたが、私は道連将軍の配下の者で、忠孝と申します!殿下……、ずいぶんとー、さたっ、さたをしてっ、してー、あひょー!おりましたがっ、私を覚えていらっしゃいますかー⁈いーひゃー!申し遅れましたが、私はーっ‼︎」
頭いかれちまってるな……
なにがそうさせた?
友泉は横たわった忠孝の頭を軽く叩くと、さらに問い詰めた。
「おい、ここに転がっている遺体は誰がやったんだ?なんでお前は土に埋もれてたんだ⁈」
頭を叩かれてもなお忠孝は独り言を言い続けていたが、突然顔色を変えたかと思うと体が震え出した。
「白いおおきな鹿……、おとこが……、手を振り落とーしーたらっ、ばらばーら、ばーらばらっ!私は、あはっ!おとこが、いいおとこー!あたまのうえにー、のっかってー!どーん!どーん!いひょ!つーちのなーかー‼︎こぉりゃ愉快っ‼︎痛快っ‼︎」
なんだかこっちがおかしくなりそうだな……
友泉は呆れながらも忠孝に聞くしかない。
「その男はその後どうした?どこへ行った?」
「申し遅れましたが、私は道連将軍の配下の者で、忠孝と申します‼︎あはっ!そーれからっと!おとこは―、あーなのなーかー。あなのなかにー、入りましたー!突っ込みましたー‼︎あなのなか、あなのなかっ!でんかぁー‼︎」
忠孝は奇声を上げながらも、律儀に友泉の問いに答えると、そしてなにか思い出したように、目を輝かせて友泉に話しかける。
「私は、あなたの同門の友の一人です!昔、貴方や友泉と仙術を共に学んだ仲間です!なかまっ、なかまっ、なーかーまっー!ある日私が殿下の妹君・名凛様のあざを揶揄したために、名凛様は泣いてしまいました!なきむし、めいりーん!名凛様の気を引きたくて、ちょっと揶揄っただけなんです!殿下!これでもまだ私を思い出してはくれませんかぁー!ひゃーおぅ!めいりん!めいりん!いいおんなー!あなにぶっこめー!あざっ!あざっ!あざーはけせやしなっ……‼︎うぉげっ‼︎」
突如静けさが場を覆い尽くす。
名凛を侮辱する者とそれを許すはずのない者。
友泉は電光石火のごとく剣を抜くと、忠孝の喉元を一刺しした。
忠孝はがっと目を見開いたまま、二度と言葉を発することを許されなかった。
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