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第二十六話

友泉は忠孝の喉元を突き刺した剣を抜き取り、一振りすると鞘に収めた。 「相変わらず手が早いな、友泉」 「俺のせいじゃない。こいつが悪いんだ。そうだろ、兄さん?」 友泉は声のする方へ目線を送ると、馬上から友泉を見る秋藤と目があった。 友泉の叔父である秋藤は一人馬を走らせ、友泉たちがいる剣山にたどり着いたところだった。 秋藤は友泉をみて、やれやれといった表情を見せてはいるが、言葉とは裏腹に昔から友泉の血気盛んなところを気に入っていた。 その豪快ともいえる友泉の行動は、何事も慎重に事を進めていく秋藤にとって爽快であった。 だが、本音はそうであっても建前上秋藤は友泉に苦言を呈した。 「友泉、この男は大事な証人になったかもしれないんだぞ。もう少し熟慮すべきだったとは思わないか?」 秋藤は断定的なことは言わず、友泉に疑問を投げかける。 「確かにそうかもしれない。でも……、でもこいつは名凛を侮辱したんだぞ!俺のめぃ……、じゃなくて!王族に対する不敬罪だ!不敬罪‼︎見逃すわけにもいかないだろう⁈俺はすべきことをしただけだ、ただそれだけだ‼︎」 友泉は顔を赤らめ、言い淀みながらも最もらしいことを、最もらしく言ってのけた。 だが一抹の恥ずかしさを感じたようで「次は気をつけるよ」とぼそっと呟いてもみた。 秋藤は秀麗な顔立ちに僅かな笑みをのぞかせると、静かに頷いてそれ以上言うことはなかった。 実際のところ、忠孝は気が触れてしまったとはいえ、名凛を侮蔑するような発言をしたことは誰の目にも明白であったからだ。 「それにしてもなんで兄さん、ここに来たんだ?しかも一人で?」 友泉は秋藤に自分たちを追いかけて来た理由を尋ねた。 秋藤は懐から文を取り出すと、それを友泉に渡した。 友泉は文を読み始めた途端、大きく目を見開いたかと思うと、食い入るように何度も文を読み返した。 「一体どういうことだ?清蓮は穴に落ちたんじゃないのか?生きてるというのか⁈」 友泉は独り言のように呟くと、今度は秋藤が美しい眉を吊り上げて驚く。 「清蓮様が穴に落ちた?まさか、その巨大な穴に落ちたというのか⁈」 友泉は頷くと、忠孝との一部始終を秋藤に伝えた。 もうすでに暗闇の中にあって、剣山と呼ばれる巨大な穴を見ることはできなかったが、時折穴底から奇妙な咆哮が友泉たちの耳を掠めるたびに、各々の背中に嫌な汗が流れるのだ。 友泉に渡された文には、清蓮らしき人物と背の高い男が、共にある町で目撃されたといったことが書かれていた。 この文に書かれていることと忠孝の話が正しいとすれば、清蓮は穴に落ちたが、その男に救い出され、そしてその男と行動をも共にしているということになる。 「やっぱり白神様なのかぁ、その男は……」 「白神様?なぜ今白神様が出てくるのだ?」 「うん……。それが……」 友泉は梅光寺で清蓮の乳母・梅雪と再開した時のことを秋藤に語った。 秋藤は友泉が話している間一言も発することもなかったが、眉間に皺を寄せ、顎に手を当てるとなにやら考え込んでしまった。 友泉も話を終えると腕組みしたまま、やはり考え込んでしまった。 流れる雲の間から月が友泉たちを眺めている。 友泉は顔を上げると、月明かりは恥ずかしそうにまた雲の中に隠れてしまった。 「兄さん」 友泉は硬い表情で秋藤の名を呼ぶと、秋藤は熟慮の世界から現実へと思考を転換させた。 秋藤の眼前には人好きのする好青年の顔はなく、意を決した精悍な若者がそこにいた。 「兄さん。俺はこの文に書いてある場所に行くよ。そこに清蓮がいるがわからないけど……。それでもそこに行けば、また手がかりがつかめるかもしれない」 「そうだな……。数少ない手がかりを追っていくしかない。また彼らと一緒にいくといい」 秋藤は引き継ぎ部下たちを同行させるよう提案した。 だが友泉は「俺一人で行くよ」と有無を言わさぬ口調で答えた。 秋藤の部下が共に行動してくれるのはありがたいことであったが、もし清蓮と一緒にいる男が梅雪の言う《白神様》だとすれば、何人いても到底太刀打ちできるはずはない。 ならば自分一人で相対した方が被害が少なくて済むだろう…… 友泉の意図を理解したのだろう、秋藤は余計なことは言わず、友泉の肩に手を置くと「わかった。お前に任せる」と友泉の決意を受け入れた。 「ありがとう、兄さん……」 「いいか、友泉。なにかあれば連絡をよこせ。連絡方法は知っているだろう?必ず連絡するんだ。お前になにかあったら、私は兄に顔向けができない。わかっているな?」 「うん、わかっているよ、兄さん。必ず連絡するし、無茶はしない。約束するよ」 友泉は破顔一笑、秋藤に人懐っこい笑顔を見せると、一人颯爽を馬を走らせて行った。

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