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第四話

清蓮は目を閉じ、眼前に広がる景色を目に焼き付けた後、ゆっくりと目を開け、隣にいる光聖をさりげなく見やった。 光聖は清蓮の視線に気づいていないのか、湖面の細波をじっと見つめている。 ゆるい風が光聖の長い髪を優しく撫でると、光聖は優雅な所作で風になびく黒髪を耳にかけた。 誰がなんといっても、光聖の美しさに敵う人はいないな… この利安湖の湖面よりもさらに透き通った肌、漆黒の長い髪、切れ長の涼しげな瞳、清蓮よりも頭ひとつほど背が高く、均整のとれた体躯、どれをとっても神というに相応しいものであった。 清蓮は光聖のその姿も目に焼き付けると、意を決して光聖に声をかけようとした。 すると、清蓮よりも先に光聖が思いも寄らぬ言葉を発した。 「まだ早い」 「えっ?」 「清蓮、そんなに急がなくても大丈夫だから」 「……‼︎」 私が今言おうとしたことがわかって、そう言ったのか? 清蓮は光聖の正面に回り込むと、光聖の片方の腕を掴んで息せき切って問い詰めようとした。 「光聖、君は、君はっ……」 「宮廷に戻りたいんだろう?でも今じゃない」 「今じゃないって、それはどういう意味⁈君はなんでも分かるのか?神様だからなんでもお見通しなのか?今行かなかったら……、今じゃないんだったら……、いつなんだ?いつ行くっていうんだ⁈」 清蓮は幾分強い口調で光聖に詰め寄るが、光聖は微動だにせず黙って清蓮の言葉を受け止める。 清蓮を見つめる光聖の漆黒の瞳はどこまでも深く優しい。 光聖はごく自然な所作で、掴まれていない方の手を伸ばすと、光聖の腕を掴んで離さない清蓮の手の上に、そっと優しく重ねた。 「清蓮、君が宮廷に戻りたいのは分かってる。逸る《はやる》気持ちも分かる。ただね、今じゃないんだ。時はまだ……、まだ君を必要としていない」 「時はまだって……。それは時期が来れば宮廷に戻れるってこと?」 「うん……」 光聖は短く答えると、清蓮の手の上に重ねた手で清蓮の手を軽く握り、そっと自分の腕から引き離した。 清蓮は光聖のその動作を、自分の行動を不快に思ってこのことだと思い、勢い余って光聖の腕を掴んでしまったことを後悔した。 清蓮は非礼を詫びようと光聖を見上げると、光聖は気にするどころか謝罪は不要とばかりに、そのまま清蓮の手を優しく握りしめている。 「君は昨日やっと目覚めたんだよ、忘れたの?君はすっかり元気になったと思っているかもしれないけど、まだ万全じゃない。ここでしっかり体を癒すんだ。それからでも遅くはないから……」 清蓮は宮廷に戻るという決意は変わらぬも、光聖の言葉を素直に受け入れた。 「わかった……。君がそう言うなら、そうしよう。でもね、光聖。私は必ず宮廷に行くよ、それだけは誰になにを言われても変わらない。たとえ君であってもだ」 光聖は無言で頷いて、清蓮の言葉を受け入れた。

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