99 / 110
第八話
先ほどまで白鹿に頬ずりしていたはずが、見ればその姿はもうそこにはなかった。
あるのは清蓮が光聖の首に両腕を回し、しかとしがみついて、光聖に頬ずりしている、そんな様だったのである。
一方、光聖はというと、清蓮の驚きをよそに、清蓮の腰に両腕を回し、優しく抱きしめている。
清蓮は慌てふためきながら「ごめん!本当にごめん‼︎」と謝ると、光聖の体から自分の体を引き離した。
力任せに体を離すと、清蓮は身も蓋もなくその場から走り去ろうとするが、清蓮の心は混乱を極めていたために体がおいつかず、勢いよく転んでしまった。
「あっ、つぅ……」
清蓮は苦痛のために眉間に皺を寄せ、顔を歪めた。
裸足のままだった清蓮は、転んだ拍子に足の親指の付け根あたりををざっくりと切ってしまったのだ。
清蓮の足からは、暗赤色の血が脈打つごとに流れでていた。
見ると清蓮のそばには石が転がっており、その割れ口に清蓮の血が付着していた。
断口《だんこう》とも言われる石の割れ口はその種類によっては、鋭利な刃となり、人の皮膚を容易に切ってしまう。
光聖は血相を変えて清蓮のそばに行くと、すぐに清蓮を抱き抱えて、勢いよく飛んだ。
そう、まさに光聖は清蓮を抱えたまま飛んだのだ。
二人の体はふわりと浮いて地表を離れると、二人がいた湖畔沿いの道から、すぐそばの湖畔の辺りに降りたった。
湖畔の辺りには小さな東屋にひっとりと建っており、その少し先には船着場が見え、小舟が一つ湖面に浮いてるのが見える。
光聖は清蓮を東屋に運び、建て付けの長椅子に座らせると、「ここで待ってて」と足早に出ていく。
清蓮は片膝に怪我した足をのせ、怪我の具合を見ると、思っている以上に深い傷で、刀で切られたようだ。
清蓮は滴る血を恨めしそうに眺めていると、光聖が汲み入れた筒を持って戻ってきた。
「光聖、ごめん。君の言う通り、裸足で散歩するなんてことしなければよかったよ。石があんなに鋭い刃物のようになるなんて知らなかった」
清蓮は肩を落として、後悔を口にする。
光聖は跪いて、手際良く汲んできた水を清蓮の足にかけ傷口を洗い流す。
光聖は淡々とやるべきことをやりながら、清蓮の顔を見ずに答える。
「君はことあるごとに私に謝ってばかりだけど、君がすることで、私に謝ることなんてなに一つないんだ。」
「うん。そうだけど、でも迷惑かけてるんじゃないかと思ってしまうよ。怪我ばっかり……」
清蓮ははっとなって、いままで怪我をした時のことを思い出した。
光聖は清蓮の傷を全て自分の体に取り込んでいたことを!
ともだちにシェアしよう!