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第十一話
清蓮は心地よい眠りから目を覚ました。
すでに日は暮れ、行灯の光が部屋を柔らかく照らしていた。
清蓮はやけに見覚えのある部屋だと思ったが、それもそのはずだ。
清蓮が今いるのは、あの長い眠りから目を覚ました時にいた、太刀渡家の一室であった。
気を失った清蓮はあの時と同じく、寝台に横たわっていたのだ。
「いつからここで眠っていたんだ?光聖がここまで運んだのか?」
清蓮は身を起こしながら呟いた。
清蓮は光聖はどこにいるのかと部屋を見渡すと、名凛が長椅子に横たわって眠っているのが見えた。
「いない……」
清蓮は名凛のそばに近よると、名凛は清蓮の気配に気付いたのか、徐に目を開いて微かに微笑んだ。
「お兄様、目を覚ましたのね……」
「うん」
名凛は静かに身を起こすと、長椅子に座り直した。
名凛は両手を天井に上げ背伸びをした後、片方の手で口を隠すように当てると、清蓮が見ていらにも憚らず、一国の王女らしからぬ大きなあくびをした。
清蓮は「名凛」と小さな声で嗜めるが、当の本人は全く気にしていない。
清蓮は半ば諦めにも似た表情で名凛の横に並んで座ると、名凛が清蓮の顔を覗き込みながら声をかけた。
「また怪我をしたって聞いたけど……。お兄様が履物も履かずに森の中を裸足で歩いていたって。あの人はもう治ったから心配はいらないとおっしゃっていたけど」
「はは、そうなんだ。なんだか散歩したくなってね。気持ちの良い朝だったし……。気の向くまま、何も履かずに歩いていたら怪我をしてしまったんだ。でも光聖がすぐに手当てをしてくれたから大丈夫」
清蓮は穏やかな口調で名凛の問いに答えてはいたが、その実、恐々としていた。
好奇心の塊のような名凛なら知りたくてたまらないはずだ。
光聖がどうやって怪我を治したのかと。
清蓮はどのように答えるべきか考えあぐねたが、意外にも名凛は尋ねてくることはなかった。
「そう……。それなら良かったわ。あんまり無理しちゃだめよ、お兄様!」
清蓮は肩透かしを食らったが、名凛に追及されずに済んだと安堵のため息をついた。
「分かったよ、お姫様。履物は必ず履くよ」
「そういうことじゃないのよ、お兄様……」
名凛は呆れた表情を清蓮に向けるがそれも一瞬。
名凛は清蓮に向き合い、手を握ると、今度は真剣な表情で清蓮を見る。
「お兄様……。それよりも昨日どうして部屋に戻ってこなかったの?私、お兄様が戻ってくるのをずっと待っていたのよ!」
「……?」
清蓮は名凛が一体何のことを言っているのか分からなかった。
昨日とははてさて何のことやら。
清蓮は長椅子にもたれ掛かり、目を閉じ両腕を軽く組んでしばし考えた。
昨日のこと、昨日のこととは何だったか。
「あっ……!」
清蓮はかっと目を見開くと、一点を見つめたまま動かない。
「お兄様?」
名凛が困惑気味に清蓮に声をかけるが、清蓮は名凛の声が聞こえないようで、勢いよく立ち上がったかと思うと、部屋の中をぐるぐると歩き始めた。
「お兄様、急にどうしたの?お兄様?」
「えっ?えぇっと。いや、あはは、気にしないでくれ、名凛。き、昨日のことだろ?うん、覚えているよ。はは、確か……、確か光聖と……」
清蓮は茹でたこのように顔を真っ赤にしながら、途切れがちに答えた。
いつの間にか眠ってしまったんだ、光聖の腕の中で。
体を寄せ合って朝を迎えたんだ。
その後のことは思い出すのも恥ずかしい。
口が裂けても言えない!絶対に言えない‼︎
清蓮は心臓の鼓動が名凛にも聞こえるのではないかと心配になる。
「き、昨日は、確か光聖といろいろと……、そう!話をしていたんだ。うん、そうだ!それでね、話し込んでいるうちにいつの間にか眠ってしまったんだ。うん、そう、そう!間違いない!それで間違いない‼︎」
清蓮は落ち着きなく長椅子に座ると、うわずった声で答えるが、心の中では「ごめん」と名凛に謝っていた。
清蓮は自分の醜態はもちろんのこと、それ以上に光聖の腕の中にいた時の、温かな気持ちを心の中に閉じ込めておきたいと思ったからだ。
「そう、話し込んでいる間に眠ってしまったのね」
「うん、そうそう。そうなんだ。お互い話し出したら止まらなくてね、男二人で何をしているんだか」
「ふふ、本当よ。病み上がりの男二人が何をしているんだか。でも、そうね、お兄様もあの人も修練場の時から仲が良かったから、久しぶりの再会で時間を忘れるくらい話が弾むのは分かるわ」
「……」
「どうしたの、お兄様?」
「いや、君は修練場でのことを覚えているんだなと思って」
清蓮は修練場で高熱を出し、意識が朦朧とした状態からようやく回復した時、悲しいことに修練場で過ごした日々を覚えていなかったのだ。
「今の今まで君と修練場のことを話したことなかっただろう?だから驚いたんだよ」
「私もすっかり忘れていたのよ。でもここに来た時、私前にもここに来たことがあるような気がしたの。なんとなく知ってるって……。そう思っていたら、やっぱりそうだったのよ!お兄様と友泉がここで修練を積んで、私がその様子を見に来たことがあったことを思い出したのよ!」
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