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第17話 再び

「初めてのヒート終了おめでとう」  楽しそうに清水に言われて、菊地はだいぶ複雑な気持ちになった。  女子会ならぬ、オメガ会と言うらしい。  独身のオメガは、コテージに近い場所に住んでいるらしい。理由は、オメガが一人で借りられる物件が中々ないから。ヒートの時を気にされて、万が一の事件や事故が起きるのを嫌がられるからだ。  だから、菊地が借りていたアパートも解約されたということだった。ベータに貸したはずなのに、オメガだなんて、契約違反だと言うことらしい。  オメガが物件を借りる時は、オメガ専用の契約書があるそうだ。しかも、保証人が必須らしい。だから施設に住むオメガが多いということらしい。 「僕はねぇ、楽だからここに住んで、仕事も隣接するショッピングモールにしたんだよ」 「私はねぇ、オメガの福利厚生がしっかりした商社で働いているの」  初めましての女性オメガは、なんとも可愛らしい姿をしていた。清水は、オメガとして生きてきたからか、その女性よりの見た目をしている。 「俺はIT関係の会社で働いていたんだよ。そう言う会社に再就職できるのかな?」  菊地がケーキを食べながら質問をすると、女性オメガが資料を出してきた。 「ここの施設から通勤可能な会社の一覧」 「こんなのが、コテージにあるの?」 「そ、気軽に話せるように置かれてる。まぁ、わかりやすく言うと、なんだけど…」  清水が声を潜める。辺りをチラチラと、見渡して、ゆっくりと、口を開いた。 「ここに出資しているアルファの一族のグループ会社がほとんど。まぁそれだけ安全なんだけど、オメガを囲いこもうとしているのが見え見え」  なるほど、言われてみれば、一之瀬グループに二階堂グループ、三ノ輪に四ツ谷、それと、後一条まであった。まぁそこのグループ企業で国の半分の会社が網羅されるわけだけど、オメガに対する福利厚生が完全に整っている、ともなると数が減るわけだ。 「だから、新しいオメガが施設に入ったって聞けば、視察と称して見に来るわけだよ」  清水に言われて、菊地は理解した。それであの日、一之瀬がショッピングモールに来ていたのだ。 「あ、心当たりある顔」  女性オメガに言われて、菊地は苦笑いをした。ここに来て、一之瀬が二回も現れた。しかも、タイミングが良すぎる。  菊地がケーキを食べて、コーヒーを飲み干した時、カップを置いたタイミングで一之瀬が現れた。  タイミングが良すぎる。 「菊地」  人の良さそうな顔をして、一之瀬が菊地を呼ぶ。隣に座っている清水から、肘の辺りをつつかれて、菊地はまた、苦笑いをするのだった。 「借りるよ」  返事なんて聞くつもりもないようで、一之瀬は菊地の手を取る。 「おいで」  そう言って、強く掴まれた途端、素直に立ち上がって一之瀬の隣に立っていた。  久しぶりに間近でみて、一之瀬との体格差に驚いた。菊地はベータとして生きてきたから、平均的な体格になったはずで、オメガとしては成長しすぎているはずだ。それなのに、一之瀬は更に大きい。見上げるように首の角度を上げなくては、一之瀬の顔が見えなかった。 「個室をとったから」  手を引かれてそのままついて行く。個室とは、この間ヒートをすごした部屋とはまた、違うと言うことなのだろうか。広い階段を登って行った先に、いくつか扉が並んでいた。 「わかりやすく言うと、カラオケボックスみたいなもんかな?」  一之瀬はそう言って、ひとつの扉を開けた。  確かに、カラオケボックスのように扉の一部がガラスになって中が見える。完全に見える訳では無いから、背中を向けて座っていれば、覗かれても顔はみられることはない。 「さっき、ケーキ食べてたよな?なんか飲めるか?」  本当に、カラオケボックスのような設備で、タブレットで注文を入れるらしい。 「あ、えと、オレンジジュース」  菊地は、ここで初めて飲んだオレンジジュースを思い出して口にした。あれは、とても美味しかった。搾りたてのフレッシュなものなんて、初めてのんだからかもしれない。 「わかった」  一之瀬がタブレットを操作して、注文をすると、当たり前のように菊地の隣に座る。 「設備があるから歌えるし、映画も観れる」  タブレットを示しながら、一之瀬が菊地に聞いてくる。別に、菊地はカラオケが好きな訳でもないし、映画鑑賞も趣味ではない。どちらかと言うと、ネトゲ派だ。  何も答えないで、自分の体を抱きしめるような仕草をする菊地を見て、一之瀬は薄く笑った。警戒されていることの何が嬉しいのだろう。  程なくして届けられたオレンジジュースを菊地の前に置く。菊地は黙ってストローを口に入れ、ゆっくりと飲んだ。目線は何となくグラスに固定している。  ストローを口から離しても、グラスを置かない菊地から、一之瀬はそっとグラスを取りあげだ。 「な、に?」  そうされたことによって、一之瀬が接近している。グラスを取られた時に、左手を一之瀬に握られていた。 「どうして二階堂を選んだ?」  急に質問されて、菊地は瞬きするしか無かった。意味が分からないし、なんと、答えたらいいのかも分からない。 「俺じゃダメなのか?」  また質問をされた。  さっきのに答えていないのに、今度はなんと答えればいい?  左手を強めに握られて、菊地は眉根を少し寄せた。困ったような感じの顔になっている。 「俺の匂いが、嫌いか?」  また質問だ。  菊地はまだひとつも答えていないのに。何をどこから答えればいいのだろう? 「………っあ」  空いている方の右手で、菊地はお腹を抑えた。 「痛いのか?」  また質問だ。  でも、これは答えられる。 「ぎゅっ、て。ぎゅっ、てするんだ」  菊地の答え方は、とても成人男性のそれでは無い。 「お腹が?」  また質問だ。 「ここが、ここが、ぎゅっ、て」  菊地が示す場所を見る。  鳩尾よりだいぶ下。臍の辺り。 「ここ?」  なぜか一之瀬の手が菊地の後ろから伸びて、菊地の示す辺りに添えられた。 「…そこ」  なんだかおかしな体勢になっているとは思いつつ、菊地は嫌とは言えなかった。 「ここが?なんて?」  一之瀬の顔が近いのか、耳元で言われているようだ。けれど、それを確かめる気持ちは菊地にはなかった。 「お前の、一之瀬の匂いを嗅ぐと…ぎゅっ、て」 「俺の匂い?」  一之瀬の匂いが急にした。体が密着しているからか、すごくよく匂う。その匂いが鼻から入って、一之瀬の匂いだと認識すると、菊地のお腹がぎゅっとした。 「匂い…す、る、から……ぎゅっ、て、なる」  言いながら、菊地は体を小さくする。逃げられないけれど、逃げたいのだ。お腹が痛い。 「菊地、本当にここ?」  一之瀬の手が、菊地のお腹を軽く撫でる。 「そっこ」  撫でられて、体が反応した。中がぎゅうぎゅうとする。 「やだ、痛い…」  一之瀬の手をどかそうと、菊地は一之瀬の手を掴む。お腹の中がぎゅうぎゅうして、痛くてたまらない。高校生の頃は、あまりに痛くて吐きそうになった程だ。 「俺の匂いを嗅いで、ここが痛くなるの?本当に?菊地?」  一之瀬がどんな顔で質問しているのかなんて、菊地には分からない。けれど、菊地は痛くてたまらないのだ。 「痛いって、言ってる。今、痛い」  両目をギュッと瞑ったまま、菊地は一之瀬の手を握りしめる。 「本当に、ここが痛い?」  一之瀬の手を握りしめているのに、一之瀬の手がお腹に触っている。菊地の抵抗など、アルファの一之瀬の前では無に等しい。 「…痛い、ぎゅっ、て…」  涙目で一之瀬を睨みつけようとしたら、案外目の前に一之瀬の顔があった。近くて近くて、キスしそうなほど近かった。 「菊地、ここがなんだか知らないのか?」 「お腹……痛い、よ」  菊地の唇が必死で訴えると、一之瀬の唇が軽く笑うように動いて、答えた。 「ここは、オメガの子宮だよ」

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