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第25話 氷解

 職場では、同じ男性オメガとして、山岸と仲良くなった。既婚者である山岸は、実は年下だった。この会社に就職してから下のフロアで働く営業のアルファと知り合ったのだという。 「地方にも施設もあるし、コテージもあるけどさ」  山岸は昼食のうどんをすすりながら話を切り出す。 「本当にベータの人たちには悪いけど、施設に入居したら家賃かからないし、大手企業に楽に就職できるじゃない?」 「そうだな」 「使わない手はないと思ってさ、就職を期に上京してみたわけなんだ」  山岸はそう言ってニヤリと笑った。  確かに、世間の大多数を占めるベータには悪いけど、名家が主体で出資してくれた施設は、オメガへの優遇が半端ない。オメガと言うだけでアパートの契約もままならない現状があるだけに、無料で貸してくれる施設の、なんと素晴らしいことか。おかげで、就職浪人したりするベータから逆恨みが激しいのも事実だ。 「使えるものは使った方がいいと思うよ。俺が言うのもなんだけど」 「そうでしょ?だって世間的にはまだまだ冷遇されてるし、男性オメガは未だに気持ち悪いって言われるじゃない?」 「あー、そうか。産婦人科も指定があるんだっけ?」 「そう、それ!男性オメガの出産を受け入れる病院も、限られてる」 「数少ないのか?」 「結局は、施設で全て解決するんだけどね」 「施設様々なんだ」 「それもこれも、名家のアルファたちが、自分の欲望に忠実に動いてくれたおかげなんだけど」  山岸は、笑って最後のうどんを口にした。  山岸が、口にしたけれど、菊地だって未だにそう思っているところはある。男なのに妊娠できちゃう。それが自分である。  実際、バースが、オメガに目覚めてから、実家からの連絡は何も無い。国の機関でもある施設から連絡がいっているはずなのに、何の連絡もない。恋人がいた妹からも連絡がないあたり、自分の兄がオメガであることを知られたくなどないのだろうと結論づけるしかない。  まぁ、20年以上兄として見てきたものが、突然自分と同じく妊娠出産出来るオメガになりました。なんて、受け入れられないだろう。もちろん親も。息子が突然、である。心臓発作とか起こしていなければいい。と逆に心配してしまう。 「俺ね、親からは上京する時に、もう、帰ってこなくていいから。って、言われたんですよ」 「そ、そうなの?」 「だから、まぁ。結婚式も二人で海外でした。みたいな?」 「それって、普通に憧れるやつじゃん」  海外で、二人っきりのウエディング。普通に、女子が憧れるやつだ。 「菊地さんのとこは、どうなんですか?」 「んー、施設にいる間、実家から全く連絡来なかったなぁ」 「やっぱりそういうもんですか?」 「話には聞いていたけど、本人より親兄弟の方が後発性オメガを、受け入れない傾向があるって」 「やっぱり、かぁ。俺も一度ね、母親から言われたんですよ。ちゃんとした男の子に産んであげられなくてごめんね。って」 「あー、それきつい」 「でしょ?本人は受け入れてるのに、親に否定されちゃうと、もうどうにもならない」 「入籍したらバレるよなぁ」 「そうですね」  山岸とそんな話をして、その日の昼休みは終了した。  が、やっぱり一之瀬の耳にその話が流れていた。  施設でオメガ会を開くから、そこに参加すると一之瀬に告げると、一瞬困ったような顔をしてから承諾された。 「実家には連絡してないのか?」 「なんて言ったらいいのか、分からない」  ベッドに入ってのおしゃべりタイムだ。一之瀬はずっと菊地を見ていたかもしれないが、菊地はベータとして生きてきたから、オメガとしての基本も何も分かっていない。だから、とにかく話をして色々と知識を吸収したいのだ。 「男性オメガの家庭にはよくある話らしいが」 「息子が、妊娠できますって、そりゃ驚くだろ」 「昔は離縁されていたそうだからな」 「それで施設を作ったのか?」 「それもあるし、社会がオメガに優しくない」 「アパート借りられないとか?」 「そういうことも含めて、だな」 「一之瀬が考えたのか?」 「いや、そうじゃない。オメガ保護は、憲法で保証されている基本的人権の尊重によるものだ。国が財政難を理由にモタモタしていたから、俺たち名家と呼ばれる企業のグループが出資を申し出た形になった」 「保護が凄すぎて、オメガ優遇措置とか言われてるけどな」 「仕方がない、俺たちアルファはオメガを求めるんだ。愛すべき対象が社会から冷遇されていたのなら、全力で守る方法を取るに決まっている」 「で、俺は保護された。と」  菊地は一之瀬の腕の中で、話を聞いていた。居心地が良くて、安心している。全く嫌じゃないのが困ってしまう。 「ずっと待っていた。高校の頃からだから、随分と長いだろう?」 「あっ、それ」  菊地が、大声を出す。 「どれ?」 「ずっと聞きたかったんだ。高校の時のこと」 「なんでも話す、聞いてくれ」  一之瀬が真面目に菊地の顔を見た。菊地も覚悟を決めて口を開いた。 「あの事件の時さ、お前と二階堂さんの間にオメガがいただろ?」 「ああ、いたな」 「それでさぁ、突然お前ら二人がアルファの威圧のフェロモンを放出したじゃん」 「したな」 「なんで?」 「なんで?…って?」 「そんなにあのオメガが欲しかった?俺らが倒れるぐらいのフェロモン放出するほど、奪い合いたいぐらいに魅力的だった?」  菊地から言われたことで、一之瀬はだいぶ驚いた。二階堂から、だいぶ誤解されている。と聞かされてはいたけれど、誤解と言うには酷すぎる。  確かに、あの事故で倒れて気を失ったわけだから、あの後の事を、知らないのは仕方がない。オマケに菊地は他のベータよりも多く休んだ。しかも、一之瀬の匂いを嗅ぐと気分が悪くなると、避けられまくった。  だから、本当のことを菊地は耳にすることがなかったわけなのだが・・・ 「まず、誤解をとこう」  一之瀬が菊地を、見つめた。 「誤解?」 「そもそも、俺と二階堂は、あのオメガに対して怒ったんだ」 「へ?」  菊地は間抜けな声を出した。意味がわからない。アルファに挟まれたオメガに怒った? 「あのオメガは、それまで二階堂にヒートの相手を頼んでいたんだ。それなのに、俺が入学した途端、ヒートの相手を俺に頼みにきた。つまり鞍替えしてきたってことだ」 「んー、と。つまり浮気?二股かけられた、的な?」 「そんなものか?…和真はもしかして、オメガが誰なのか知らなかった?」 「え、知らない?聞いた事、なかったな」 「オメガは名家に連なる家の息子で、二階堂に気に入られるよう動いていたのに、突然俺に擦り寄ってきたから、結果的に俺も二階堂もブチ切れて威圧のフェロモンをぶちまけたんだ」  若かったから、加減が出来なかった。迷惑をかけた。なんて今更言われてもなんだけど。菊地はようやくモヤモヤした気持ちが晴れた。 「本能むき出しになるぐらい、あのオメガが好きだったんじゃないのか」  菊地がそんなことを口にしたので、一之瀬はふと考えた。 「もしかして、ヤキモチを焼いてくれていたのか?」 「へ?なんでそうなる?」  意味が分からない。菊地が長年抱いていた誤解が、何故故そのような解釈になるのだろう。 「ヤキモチを焼いていたから、俺の匂いを嗅いで子宮が疼いていたんだな」 「何言ってんだ?」  一之瀬は、嬉しそうに菊地を抱きしめた。オメガの本性がヤキモチを焼いていた。あの頃から一之瀬を求めてくれていた。そう言って喜んで菊地に盛大にキスの嵐を降らしてきた。 「違うだろ、絶対に違う」  一之瀬の腕の中で菊地はもがく。 「違わない。あの頃から俺の匂いに反応して子宮が疼いていたんだ」 「その、エロ発言やめろ」  子宮が疼くとか、発言がヤバすぎる。 「ずっと俺を求めてたんだ。もう遠慮するな、いくらでもくれてやる」  一之瀬が菊地を、力いっぱい抱きしめて、唇を合わせてきた。

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