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第29話 繋がる
帰宅した一之瀬は、玄関を開けた途端に目眩がするほどの甘い香りに包まれた。
けれど、宅配の箱が玄関に置かれていたのでまずはそれを外に出す。リビングに行くと、匂いがさらに強くなっている。
ダイニングテーブルを見れば、サンドイッチの箱が残されていた。中を見ると、半分ほどしか食べられていない。
キッチンを見れば、洗ったグラスが食器カゴにふたつあった。追加で買ってきたオレンジジュースを冷蔵庫にしまう。
残されていたサンドイッチを全て口にして、スーツを脱いで風呂場へ向かう。シャワーで頭から手早く洗うだけにして、髪を乾かすのも面倒だけど、ドライヤーでしっかりと乾かした。
一之瀬がこれだけ動き回っても、いるはずの菊地が何も反応を示してこない。一之瀬は、脱衣所で探し物をしたけれど見つからなかったので、仕方なく下着だけで寝室へと向かった。
寝室の扉を開けると、さらに匂いが濃くなった。
「和真?」
布団が膨らんだ辺りに菊地がいるのだろう。眠っているのではなさそうで、膨らんだ掛け布団がゆらゆらと揺れている。
何をしているのかは分かっているけれど、どうやっているのかが知りたい。顔を出さないところで、一之瀬の帰宅に気づいていないのだろう。
いきなり布団を取り去ったら、きっと怒るに違いない。
布団の形から推測して、菊地の横に当たる部分をそっとめくりあげてみた。中に菊地の背中が見えた。
菊地は下向きで寝ていて、体が小刻みに動いていた。これが布団がゆらゆら揺れていた原因だろう。布団をめくりあげたのに、菊地はこちらを向かない。
不思議に思ってもう少し菊地に近づくと、菊地は何かを抱きしめていた。
思わず小さな笑いが漏れた。
脱衣所で探していたものがそこにあった。
「和真、それ返して」
菊地が抱きしめている物は一之瀬のパジャマだ。
今朝脱いで脱衣所に置いたのに、菊地がヒートに入りかけていたから、洗濯機を回すのを忘れていたのだ。
だからなのか、ヒートに入った菊地は、一之瀬の匂いのするものを抱きしめてベッドに籠った。
それが可愛いと思った。きっと菊地は分かっていない。
菊地の腕の中から自分のパジャマを取り上げると、不満そうな顔の菊地がこちらを向いた。
「返せよ」
一之瀬のパジャマなのに、菊地の主張が間違っている。いや、ある意味合っている。だが、
「中身がいるんだから、俺にして?」
伸ばしてきた菊地の手を取ると、菊地はそのままさらに一之瀬の首に手を回してきた。
「いい匂い」
あれほど嫌だった匂いなのに、今は全く逆だ。
この匂いを嗅ぐと安心する。しかも、今は体が熱くなって、もっと欲しくなる。
「下ははいてなかったのか」
ぶら下がるような体勢の菊地を見て、一之瀬は苦笑した。
分かってはいたけれど。
まだ二回目のヒートのせいなのか、それともベータとしての意識がまだあるからなのか、菊地はオメガとしてのしかたがわかっていないらしい。
オメガの本能でしていてくれたら、それはそれでちょっと眺めてみたかった。きっと見せてはくれないだろうけど。
「和真、お待たせ」
唇を合わせると、口の中にも甘い香りが溢れてく。舌を絡めるより先に、菊地のフェロモンが口内にまとわりつく。それを舐めとるように舌を動かすが、本能が暴走しそうで舌先がビリビリと痛む。
「っはぁ、んっんぅ」
菊地が一之瀬の下唇を吸い付きながら、何度も強請ってくる。サイドテーブルを見ても、抑制剤を飲んだあとが見当たらない。朝に飲んだきりなら、もう効果はなくなっているはずだ。
「昼に薬は飲んだ?」
菊地に確認するけれど、答えはかえってこない。
「薬を飲もう」
そう言って一之瀬が取り出したのはピルだ。
今回のヒートで番になる約束をしている。もう一度キチンと確認したかったけれど、もう確認できるレベルに菊池がいない。
「沢山挿入てやるからな」
菊地の口に薬を入れて、口移しでミネラルウォーターを飲ませる。菊地の喉が上下するのを確認すると、何故か上だけ着ているパジャマのボタンを外す。
「綺麗になったな」
ついこの間は、まだベータらしい肌質だったのに、ヒートを迎えた今はしっとりとして滑らかな肌触りのオメガらしい肌に変わっていた。
「綺麗?」
その言葉が聞き取れたのか、菊地が聞き返す。
「そうだ、オメガらしく綺麗になった」
一之瀬の手が愛おしそうに菊地の肌を撫でる。こうやって、ヒートを迎えられる日をどれほど待っただろうか。ようやくだ。
「それって、褒めてるの?」
「褒めてるよ」
ふやけたような顔をした菊地は、おそらくもう理性はほとんど残っていない状態なのだろう。一之瀬の手の動きに合わせて、菊地の体が揺れている。
この間は何の変化もなかった胸は、そこの場所まで色づいて、アルファに触られることを待っていた。
「ここも、変わった」
二本の指の腹を使って軽く摘むと、菊地の身体が軽く弓形になる。もう片方には舌を這わせると、菊地のくちから甘い声が漏れた。
短期間でこんなにも変わるだなんて驚きだ。けれど、一之瀬はこの変化をずっと待っていたわけで、今は喜びに焼ききれる寸前の理性を必死で保っている。
ずっと欲しかった存在が、ようやく形を生して目の前に存在する悦び。舌を丹念に使って味わうと、抱きしめている腰がゆるゆると、動く。指の腹で摘むのを何度も繰り返しているせいか、芯を持ってきて更なる刺激を欲しがっているようにも思えてくる。
甘噛みをしてはいるけれど、うっかりすると強く噛んでしまいそうだった。やっと味わえることに歓喜しながらも、菊地の身体の変化をじっくりと確認する。
緩く立ち上がってきた菊池のそれは、この間までと主張の仕方が違っていた。明らかに立ち上がっているのに、強い芯を感じない。柔らかな感触で、二人の間で主張をしても、邪魔にならない程度になっていた。
そんなことを知ってしまったら、菊地はなんと思うだろうか?どの道もう菊地は抱かれる側だ。コレを満足させるのはもう自分だけなのだ。直接触れずとも、いくらでも満足させてやる。
一之瀬はあえてそこを見るだけにして、腰に回していた手を菊地の後ろにあてがった。
「んっあっ…あぁぁ……あっ、ん」
ヒートだからなのか、この間とはまるで違う菊地は、すんなりと一之瀬の指を受け入れた。一本では物足りないのか、直ぐに二本目を迎え入れて、奥へと誘うように蠢いている。
既にそういう器官へと変わってしまっているようだ。
一之瀬は満足そうに笑うと、三本目をとりやめて、菊地の腰を軽く浮かせた。
「沢山挿入てやるからな」
一之瀬は既に準備が整っていたため、菊地の胎内に直ぐに入り込むことができた。一瞬の出来事に、菊地の目が大きく見開いたけれど、すぐに嬉しそうに口元を綻ばせる。
「あっ、あぁ、凄い。俺のなか、いっぱいになってる」
菊地は思ったままを口にしたけれど、そんなことを言われては、一之瀬はたまったものじゃない。いっぱいって、嬉しいか?もっと、くれてやれるのに。
「和真、奥は?欲しい?」
確認するように、菊地の耳元で囁くと、菊地の頭がコクコクと動く。
「奥?おく、に、来て…俺のなか、いっぱいにして」
菊地のお強請りはオメガの欲望だ。アルファのもので満たされたい。オメガの性による本能のお強請りだ。
「沢山注いでやる。一番奥、お前がずっと俺を感じていた場所に、たっぷりと、注いでやるよ」
一之瀬はさらに腰を菊地に押し付けるように動かした。肌がぶつかるのも、既に汗ばんで肌と肌が密着するのも、その度に匂いがキツくなるのも、何もかもが嬉しい。
「あっ、あぁ、そこ、そこが…い、い……ギュッてしてる」
ずっと一之瀬の匂いに反応していた場所が、今もちゃんと反応をして、きゅうきゅうと欲しがるように動いている。今はその、動きさえ菊地には気持ちよくてたまらない。
「入れて、沢山入れて」
菊地は強請って足を一之瀬に絡ませる。そんな仕草を見れば、一之瀬はさらに興奮がおさまらない。
「入れてやる。沢山、注ぐからな」
一之瀬の腰の動きが一段と早くなって、一度入り口辺りまで引き下がったあとに、一気に再奥まで進入した。その勢いで菊地の入口を強く押し込んで、一之瀬はたっぷりと注ぎ込んだ。
「あっあぁ……熱い」
自分の胎内に大量の精が注がれたのがわかるのか、菊地の身体が小刻みに震え出す。それが歓喜なのかなんなのか、見た目では分からない。けれど、明らかに菊池の顔が喜んでいる。
「いっぱい?」
一之瀬が菊地に尋ねる。
ヒートでの射精だから、完全に種付だ。オメガの奥にアルファのものをたっぷりと、注ぎ込んでいるのだ。
それを感じ取って、菊地の唇が弧を描く。
その顔を見て、一之瀬は終わりきらないままの自身を再び動かした。
「あ、ああ、早い……まだ、まって」
菊地の方が次の準備が、出来ていないのに、一之瀬は次の刺激をもう与え始める。
「だめだ、待てない」
一之瀬の性急な刺激を受けて、菊地がどうにもならない嬌声を、あげる。自分の胎内から聞こえるなんとも言えない粘液の作り出す音が、耳を塞ぎたいぐらいに大きく聞こえる。けれど、耳を塞いでもその音は胎内から聞こえてくるのだ。決して、聞かないことなど、出来やしない。
「あ、あっあっあっ……一之瀬、いち、の…せ」
相変わらず苗字で呼んでくる菊地は、言葉を載せるよりも多く口を開閉している。呼吸がままならないのか、白い歯の間に見える舌がいつもより赤いく濡れた感じが艶めかしい。
「和真……和真、我慢できない」
一之瀬の切羽詰まった声に反応して、菊地が必死に一之瀬の頭を掴む。
「……うっ、うう…か、んでっ。一之瀬っ、噛んで」
この体勢のまま噛んだら、頸動脈を噛んでしまう。一之瀬はベロりと、舌を菊地の首筋に絡めると、自身も必死に、菊池の身体を抱き抱えた。
この間までベータであった菊地だが、アルファとして上位に位置する一之瀬は、随分と良い体格をしている。おかげで菊地を抱え込むようにすると、繋がったままでも、菊地の項に唇が触れた。
一番匂いがきつい箇所を鼻で探ると、生え際の辺りが鼻についた。舌先で軽く舐めて確認をする。痺れるような甘さが伝わってきた。
「和真、俺のオメガ」
一之瀬はそのまま犬歯をそこに当て、躊躇わずに力を込めた。
「あっ!ああああああああああぁぁぁ」
菊地は一之瀬の首筋から背中にかけて手を回していたため、そのまま爪を強く立ててしまった。爪は短く切りそろえていたはずなのに、番うためのその猛撃が強かったのか、一之瀬の肌を傷つけた。
しばらくその体勢のままお互い動かなかったけれど、一之瀬が己を菊地の胎内に出し切ったところで、ゆっくりと身体が離れていった。
既に菊地は意識を失っていて、一之瀬がゆっくりとその体をシーツの上に横たえた。
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