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第3話
日が退場し、空が青黒い色に染まりはじめたころ。
「どっか入ろうよ」
彼が誘ってきた。
「いいよ。どういう所がいい?」
そうは訊くけど、俺も地元じゃない。
ひとまず街中まで戻り、店を探すことにした。
街を少し歩けば。
すぐに、値段、雰囲気、ともに良さそうな店を見つけられた。
幸い席は空いていて。
俺たちは待つことなくテーブル席に着くことができた。
瓶ビールを一本頼んで、それを分けた。
「乾杯」
本日、何度目かになる乾杯をする。
俺がくいっと、彼がぐびっと飲み干す。
もしかしてだけど。
彼は物足りないんじゃないだろうか。
夢の中の彼は、結構酒に強かったから。
それから、いくつか単品を注文し。
二人で分けた。
正直、屋台でそこそこ摘まんだから。
空腹感はそんなにない。
けど満腹感もなくて。
この店で満腹を見つけようか。
などと考えつつ、箸を進めた。
「チューハイ頼んでもいい?」
瓶ビールが空いた後。
彼がメニューを見ながら尋ねてきた。
「うん」
やっぱり、少し遠慮してたんだろうな。
お金の問題じゃなくて、ただあまり呑まない俺に気遣って。
「気にせず、呑みたいもの呑んで」
そう言葉を添えると。
彼の双眸が安堵に緩んだ。
三時間ほどをそこで過ごして。
ふわりと酔いを纏った彼を連れ、店を出た。
それなりに呑んでいたのに、ほろ酔いぐらいなんだから。
結構な酒豪だ。
そのまま流れに任せ歩いていると。
いつの間にか、海岸に出てしまった。
浜辺には降りず、舗装された海岸沿いの道を歩く。
潮風に吹かれて、歩いた。
でも二人並んで歩くことはなく。
彼が少し先を歩いて、俺が彼を追いかけて。
そうして先へ進んだ。
彼は時折、延石を歩いた。
綱渡りをするようにバランスを取りながら。
ほろ酔いなんだからやめておけばいいのに。
「危なくない?」
俺が声を投げると。
「だいじょうぶ~」
と、彼ののんきな声が返ってきた。
潮風が心地いい。
どこかから、汽笛が聞こえる。
行く当てはない。
ただ、道なりに進むだけの時間。
彼とそれらしい会話はない。
でも彼は楽しそうに歩いていて。
そんな彼を見つめる俺は。
ただただ胸が温かかった。
「あの先に行ってみたい」
彼が少し先に見える橋を指さした。
あの橋を渡ってみたい、と言う。
あの先に何があるのか分からないけど。
俺は彼の要望に従うことにした。
橋までの道はそれなりに長く。
橋に着くころには、それなりの疲労感を覚えていた。
彼は無言で橋を渡り出す。
足取りはまだゆらゆらり。
俺は少し速足で彼の右に躍り出て。
並んで歩いた。
夢の中、橋を渡った記憶が蘇る。
現実世界で夢の記憶を辿っているようで。
得体の知れない感情に襲われる。
でも、これは現実世界。
夢みたいに、先に青い空はない。
橋を渡り終えるまでに、夜が明けることはないから。
橋の先で、俺たちは何を見るだろう。
少しだけ。
手を繋ぎたいなって思った。
夢の中みたいに。
でも、まだ夢の中と混同しているのかって思われたくなくて。
黙って歩いた。
橋を渡って、隣街までやってきた。
横を歩く彼はやっぱり無言だ。
正直、疲れた。
彼と無言の散歩をすることに飽きてはいない。
ただ、昼から結構歩いたし、夜も更けてきたし。
それらが重なって。
眠い、と頭が揺れまでしはじめたのだ。
街の明かりが、ポツリ、ポツリと消えていく。
一つ道を変えれば真っ暗な通りもあり。
その光景が森の中と重なった。
でも今は、それだけじゃない。
眠い。
そんな欲求が色濃くなってしまって。
俺はそっと携帯電話を覗いた。
もう、日付が変わって一時間近く経とうとしている。
淡い吐息をついた。
もう、足がくたくただ。
その疲労感がますます眠気を誘い。
俺はただ歩くだけの棒となっていた。
彼はどうなんだろう。
まだそれなりにしっかりとした足取りで歩いているけれど。
相変わらず言葉はなくて。
もしかして、彼も歩く棒になっているんじゃないだろうか?
名残惜しいけど、そろそろお開きにしようか。
そう思った時。
「あ」
彼が声を上げた。
「このファミレス」
「ん?」
「俺の地元ないんだよね」
「じゃ、入ってみる?」
俺が誘うと。
「うん」
彼が頷いた。
彼の声が若干、淡く聞こえた。
ひとまず、これでもう少し一緒にいられる。
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