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第8話

「まさか、こんな上手くいくとは思わなくてさ」 「何が?」 「だって、ただ、夢の中で会っただけの人だよ?」 「うん」 「なのに、実際会ってみたら、そのまんまの人で」  夢と何も変わらなくて。 「上手く言えないけど、夢のままなのが気楽で、嬉しくて」  そうしているうちに。 「だんだん、……自分の気持ちが分からなくなって」  『変』が生まれちゃって。  どうしようって、なっちゃった。 「でも、こんなこと、貴方に話すわけにもいかないし」 「何で?」 「だって、ただ夢の中で会っただけの人なのにさ」  様々な意識を共有したけど。  所詮夢は夢でしかない。 「なのに、『え? マジになってんの?』とか思われて引かれたら嫌だし」  所詮俺の感情なんて『変』でしかないし。  そんな風に思っているのは俺だけだろうし。  気づかれたら面倒なことになるかもって気もして。 「色々考えてたら無口にもなって」  別れの時間は刻一刻と近づいてくるのに。  心の中は何も片づかなくて。  気持ちを整理する時間がほしくて。 「必死に時間稼ぎをしていた」  ごめん。  そうして彼は謝罪の言葉とともに、小さな吐息をついた。  これは、……どうしたらいい?  正直なところ、俺だって『変』だった。  何が何でも距離を縮めたいって気持ちはなかったけど。  もし彼が帰ろうと言い出せば。  どうすれば彼を引き留めていられるかって考えて。  焦っただろう。  あのまま疲労や眠気に襲われず。  彼が寝てしまわなければ。  俺だってそんな『どうしよう』を抱え続けたに違いない。  俺だって時間稼ぎをしていた。  彼がもう帰ろうと言わないのをいいことに。  何も言わなかった。  でもやっぱり彼の心情とは少し違うと思う。  彼は自分の心情を理解したくて。  整理したがった。  でも俺の心情はもっと明確で。  もし彼が自らこの部屋に来たいと言ってくれていたら。  泊っているホテルに来ないかと言ってくれていたら。  俺はすぐさまそれを受け入れていた。  彼が許せば抱き寄せたし。  許してもらえるのなら、キスだってした。  それ以上のことも、……もしそんな流れが生まれたら。  したかもしれない。  自分から積極的に求めることはしなくても。  自然にその流れが出来上がったのであれば。  躊躇なくその流れに乗ったと思う。  ただ、現実はそんなに甘くないって。  夢みたいに上手くはいかないって。  彼と同じようなことを思って。  自分に歯止めをかけて。  ただ、別れを後回しにしていた。  彼には何も言い出せなかっただけ。  もし彼の『変』がすぐに変わっていたなら。  俺の気持ちに沿った形に変わってくれていたなら。  俺はすぐに応えられた。

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