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第9話
「ねえ、今キスしよって言ったら、する?」
「え!」
夢でも訊いたようなことを尋ねてみる。
それに対し、彼の反応は思ったとおり。
彼の顔が一瞬にして驚愕を露わにした。
でもその眉間には少しずつ皺が寄り。
彼は少しずつ、俺から視線を外していった。
軽く唇を噛んで。
何かを言い出さんとするのに諦めて。
そんな姿を何度か見せた後。
彼は言った。
「ごめん、できない」
彼は目を背けたまま。
俺を軽蔑したんだろうか。
……したんだろうな。
ただの『変』にそんな距離の詰め方をされたから。
不愉快になったんだ、と思う。
「だよな」
でも、小さな傷は否めない。
「あ、いや、その」
彼が慌てて俺に向き、声を取り繕うけど。
弁解なんて聞きたくない。
慰めだって聞きたくない。
そう思うぐらいには、傷ついていた。
胸が痛い。
それを認めてしまって、ますます痛む。
何が、自然にその流れが出来上がったのであれば、だ。
こんなにもはっきりと、しっかりした感情があるくせに。
自然な流れを期待して何もしないなんて。
臆病を通り越して、卑怯だ。
「ね、聞いて」
憂いに淀む彼の双眸が、俺を映した。
「俺ができないって言ったのは、そのまんまの意味じゃないよ」
「ん……」
でも、もう聞きたくない。
これ以上傷つきたくない。
今すぐ逃げ出したい。
でも、そんなことできるはずがなく。
俺は彼の声を甘んじて受け入れる覚悟を決めた。
それぐらいの覚悟は決めなければならないと思った。
「その、そのさ」
彼が俺から視線を外し。
何度も言葉を迷う。
はっきり言ってくれたらいいのに。
でもそれを伝えたら、余計彼を困らせる気がして。
黙って彼の言葉を待った。
「俺、本当に、昨日楽しかったんだ」
「うん」
「『変』が生まれるぐらい、……楽しかった」
「……うん」
「でも、『変』の理由を確かめようと積極的になれなかったのは……」
彼がまた、言葉を迷う。
浅い、溜め息のような呼吸が何度も彼の口から漏れた。
「……それぐらい、俺の気持ちが繊細で、些細だったから」
そして。
「それは、今でもそう」
だから、キスできない。
「キスするのは、きっと簡単だよ」
行為自体に嫌悪感はない。
少なくとも、貴方との行為を想像しては、感じられない。
「だから大丈夫だろうって思いはするけど」
万が一、キスをして。
現実世界でそうなった後。
「『あ、やっぱり違ったや』って、思いたくないんだよね」
彼の言っていることが理解できなかった。
それは好意に変わるより。
誤解で終わる可能性が高いってことじゃないのか?
なら、やっぱりそれはただの『変』であって。
俺の感情とはまるで違う。
でも、俺の気持ちなどお構いなしに。
彼は言葉を続けた。
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