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第83話
「んぅ……」
よほど疲れていたのだろうか、どうにも瞼が重くて仕方がない。思わず目を擦れば、それを咎めるようにやんわりとルイに手を包み込まれた。
「擦っては目を傷つけてしまいますから、いけませんよ。大丈夫、私がちゃんと寝室にお連れしますから、もう眠ってください」
無意識のうちに随分と飲んでいたのだろう中身のほとんどないカップを取り上げられ、ルイの大きな手でポン、ポンと腰を優しく叩かれてはもう、目を開けていることすらできない。まるで幼子のように寝かしつけられている、なんて思う余裕もなく、アシェルの意識は急速に沈み込んだ。
「ロランヴィエル公は、もうお帰りになった?」
湯浴み後の髪を優しく梳る侍女に問いかければ、彼女は手を止めることなく微笑み、頷いた。
「はい、陛下と王妃殿下がお戻りになられてすぐに」
ならば今頃は兄も屋敷についたことだろう。生まれ育ち、恐ろしく冷たい場所になってしまったノーウォルトではなく、兄にとってはまだ親しみも何もないロランヴィエルに。
「もう充分ですわ。ありがとう。あなた達も下がって休んでくださいな」
まだ大広間では多くの貴族たちがクルクルと踊っていることだろうが、もう夜はふけた。恭しく頭を垂れて下がる侍女を背中に、フィアナは窓へと近づく。見上げれば美しい月が輝いていた。
月の光を全身に浴びながら、そっとポケットに手を伸ばす。取り出した小さなペンダントを両手で祈るように握りしめた。
「お兄さま……」
締め付けの無い緩やかな夜着を着せられたアシェルは、天蓋のある広々とした寝台に横たえられていた。困惑と拒絶ばかりを映す瞳はしっかりと閉じられ、力なく綻んだ唇からは小さな寝息が規則正しく零れ落ちる。身じろぎもせず、あどけない寝顔で胸を上下させるアシェルを、同じようにゆったりとした服に着替えたルイと、数人の男が見下ろしていた。
「くれぐれも起こさないように」
その言葉に男達が声もなく頭を垂れる。そして、男達の手が眠り続けるアシェルの身体に伸ばされた。
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