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第84話

 貴族としてどこかのパーティーやお茶会で顔を合わせたこともあったのかもしれないが、正直なところアシェルはロランヴィエル公爵家ともルイ自身とも深く関わった覚えはなく、名前を聞いてボンヤリと顔を思い出せる程度のものだ。だというのにルイがあのように大勢の前でアシェルを求める理由がわからなくて、いったい何を強いられるのかと構えに構えていたが、当のルイはニコニコと楽しそうに微笑みながら食事を共にし、世間話をする程度で、特にノーウォルト侯爵家や妹、ジーノのいるソワイル侯爵家へ何か繋いでくれと言われることもなければ、同じ寝台でそういう意味での〝寝る〟ことを求められたりもしなかった。  仕事を辞めたアシェルが一日中のんびりと自由に過ごしていようと、ルイは特に気にもしていないのか何を言うことも無い。ルイがいない時はロランヴィエル家に代々仕える執事の次男、エリクがついてあれこれと世話をしてくれるが、動きに制限をかけられることもなかった。  ルイがアシェルの意志を無視して頑固に意見を押し通したのは結婚の件と、食事をできるだけ摂ること、せめてスープは全部飲むことだけだ。それ以外の何もルイはアシェルの行動に口を挟む気はなく、意志を尊重してくれているようだ。食事は体重が軽すぎるからとルイ自身から言われたが、やはり何度考えても結婚の理由がわからない。

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