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第85話
田舎に引っ越すからと仕事を辞めたが、今回はそれが仇となってしまった。考える時間ができればできるほど、思考の渦に呑まれてしまう。グルグルグルグルと答えの出ない思考に頭痛もしてきたと眉間を指で揉んでいれば、ノックの後に入ってきたエリクがジーノの来訪を告げた。
「小兄上が?」
ジーノはソワイル侯爵家の婿として将来はソワイル領を継ぐのだろうが、今はソワイル侯爵が現役で領土を守っているため、文官として王都で忙しくしている。本来であれば今の時間も仕事で忙しくしているだろうに何用だろうかと首を傾げつつ、アシェルはこの私室に通してもらうようエリクに告げる。エリクは数ある応接間の一室を使っては? と告げたが、その部屋を我が物顔で使う気にもなれず、アシェルは首を横に振ってもう一度この私室に通すよう告げた。
「久しぶりだね、アシェル」
清廉な美しさが社交界で噂になるほどだった母の血を色濃く受け継いだジーノは私服姿でやって来ると、その顔に優しげな微笑みを浮かべながらアシェルの頭をクシャリと撫でた。
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