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第150話

 アシェルはノーウォルトで生まれ育った。今がどうであれ、切り捨てるには情がありすぎる。父が存命であるなら尚更だ。ゆえにアシェルが口にすべきはノーウォルトへの慈悲であって、それ以外は存在しない。ルイは一体何を言っているのだろう。  本気でわからないと思っているアシェルの様子にルイは小さく息をついて、真っ直ぐに瞳を見つめながら頬を優しく撫でた。 「ノーウォルトには何もしません。これであなたの心配は無くなったはず。であれば、あなたが口にすべきはノーウォルトのための嘆願ではなく、あなたの胸の内ではありませんか?」  動かぬ足のことを話に出され、更にメリッサはアシェルの今を甘えだと言い切った。アシェルが望んで今の姿になったわけでもないというのに、メリッサは過去を知っているはずであるのに、言葉という刃でズタズタにアシェルを切り裂いた。  痛かっただろう。苦しかっただろう。悲しかっただろう。アシェルが今気にすべきはノーウォルトではなく、傷ついた自分自身ではないのか。 「ここにいるのは私とあなただけです。泣いても構いません、恨み言や愚痴を言っても良いのです。私の前でまで取り繕う必要はありません。あなたは〝兄〟ではなく、私の婚約者なのですから」  傷ついているのに気にしていない風を装って、気丈に振る舞う必要も無い。弱さを見せたっていいではないか。こんな時まで、傷つけたノーウォルトを庇う必要も無い。

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